スイス・チョコをめぐる旅【第1回】殿堂「リンツ・ホーム・オブ・チョコレート」で甘〜い歴史と秘伝の製法を学ぶ
スイスはミルクチョコレートやコンチングなどを発明、チョコレートづくりの礎(いしずえ)を築きました。スイス各地に点在するチョコレート工房やミュージアムは、長い歴史と製造技術が息づくスイスの文化遺産でもあります。近年では、環境や人権に配慮した“サステナブルなチョコレートづくり”も注目を集め、伝統と革新が溶けあう新たな潮流が生まれています。味わうだけでなく、学び、感じる。スイスが誇るチョコレートの世界をめぐる、甘くて奥深い旅へ出かけましょう。第1回は、世界的チョコレートブランド「リンツ&シュプルングリー」(以下リンツ)のチョコレートミュージアムを訪ねます。
チューリヒ湖を渡って“チョコレートの殿堂”へ

チューリヒ中心部から「リンツ・ホーム・オブ・チョコレート」までは、トラムやバスをつかえば約20分。でも今回はせっかくなので、チューリヒ湖を定期船で渡ってみることにした。
出発はチューリヒのビュルクリプラッツ(Bürkliplatz)船着き場から。目的地のキルヒベルク(Kilchberg ZH)までは、「スイストラベルパス」があれば追加料金なしで乗船でき、係員にパスを見せるだけでOK。湖を渡る船はキレイで、屋上は展望デッキになっている。
心地よい風を感じながら、湖の風景をのんびりと眺める約30分間の優雅なクルーズ。チョコレートをめぐる旅は、のっけから甘く贅沢な時間となった。

下船して歩くこと約10分。真っ白な外壁に、金色の「Lindt HOME OF CHOCOLATE」のロゴが輝く建物が見えてきた。テンションが一気に高まる。急いで中に入ると、いきなりチョコレートの甘い香りに包まれる。吹き抜けのロビーには、天井に届きそうなほど巨大なチョコレートファウンテン。もちろん本物のミルクチョコレートが流れている。
入場チケットは、事前にオンラインで購入するのがおすすめ。当日窓口でも購入できるが、予約枠が売り切れると入れないリスクがある。週末やオンシーズンは1ヵ月前には完売してしまうそうで、早めの予約が安心だ。
「コンチング」でチョコレートづくりに革命が

1500㎡にもおよぶ展示エリアでは、カカオの栽培からチョコレートの歴史、スイスのチョコレート文化を築いた先駆者たちの物語まで、チョコレートをさまざまな視点から学べる。最新鋭の製造プラントも見どころ。ガラス越しに製造工程を間近に観察できるハイテク施設で、専門家たちの研究の場としても機能している。ここは、未来のチョコレートづくりを支える最先端の現場でもあるのだ。

センサーに手をかざすと、リンツ工場でつくられた、できたての板チョコが試食できる
目玉のひとつは、できたてチョコレートの試食。工場でつくられた各種板チョコや、なめらかな3種の液状チョコレートをその場で味わえる。濃厚な香りととろける口あたりに、誰もがにっこり。この口当たりのよさは、テンパリングという温度調整作業を丁寧に重ねて実現するとか。実際にテイスティングをしてみると、チョコが奥深い食べものであると実感でき、とてもおもしろい。
チョコレートづくりには「コンチング」と呼ばれる重要な工程がある。専用の攪拌機(かくはんき)“コンチェ”をつかってチョコレートを長時間練り続け、よりなめらかに、風味豊かに仕上げる。この技術は1879年、リンツの創業者ロドルフ・リンツによって発明された。
それまでヨーロッパに出回っていたチョコレートは、ざらつきがあるドライな質感のものが主流。しかし、コンチングの登場によって、とろけるような口あたりと奥行きある香りを備えた“現代のチョコレート”が誕生したのだ。まさに、チョコレートの歴史における革命が、この場所からはじまったといえる。

リンツの工場見学は所要時間約1時間半。入場料は大人17フラン
工場見学ルートの出口では、リンツのチョコレートボンボン「リンドール」各種を1粒ずつ、お土産にいただけるサプライズが! 両手いっぱいのチョコレートを見ると、子どものころに戻ったようで、胸がはずむ。この甘い宝石を持ち帰れるなんて、なんて幸せ!

体験プログラムは水、土、日曜に開催(6〜8月)。参加費は65スイスフラン、所要時間は約75分
見学は終わっても、甘いお楽しみはまだ続く。別料金ではあるが、チョコレートづくりを体験できるプログラムもあるのだ。まずは、リンツのパティシエと同じユニフォームに着替えてキッチンへ。パティシエによる厳格な(?)指導のもと、「リンツ・ドバイ・スタイル・チョコレート」づくりに挑戦!
一流のパティシエから直接指導を受けられる、またとない機会。思ったより苦労したが、仕上がってみれば想像以上のできばえになった。市販品よりもカダイフやピスタチオがたっぷり入った、贅沢で個性的なチョコレートが完成。私ってセンスあるのかも。つくる喜びも、チョコレートの味わいのひとつだと実感した。
館内のカフェには、定番のホットチョコレートやソフトクリームのほか、ワッフル、ホットサンドなどの軽食もある。これまた夢のようなおいしさなので、機会があれば、ぜひ寄ってみよう。
リンツが描くチョコレートの未来
チョコレートのパイオニア、リンツは、独自のカカオ調達制度「ファーミングプログラム」を通じて、カカオ農家とその家族の健全な生計を支援し、持続可能な農業の推進に力を注いでいる。このプログラムでは、カカオの品質向上と収穫量増加を目的としたトレーニングの提供に加え、農家の作業・生活環境の改善、インフラ整備、さらには学校の新設や改修といった教育支援もおこなっている。

2008年にガーナで始まったこの取り組みは、現在ではコートジボワール、ドミニカ共和国、エクアドル、マダガスカル、パプアニューギニア、ペルーを含む7ヵ国で実施されている。2024年時点で、リンツが使用するカカオ豆、カカオバター、カカオパウダーの84.2%が、このファーミングプログラムまたはその他の「責任ある調達プログラム」を通じて供給されている。
今年で180周年を迎えるリンツは、いまもチョコレートの持続可能な未来をつくり続けている。
Photo&text:鈴木博美 取材協力:スイス政府観光局
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