水没危機のツバルを救え! マングローブ植林で海岸浸食阻止に挑んだ日本人写真家・遠藤秀一【第3回】
地球温暖化などによる海面上昇で、近い将来、海に沈んでしまうかもしれない。そんな危機に立たされている南太平洋の小さな島国「ツバル」で2006年、マングローブの植林プロジェクトが立ち上げられました。ツバルでは海岸の侵食が進んでいますが、マングローブ林には、それを抑える効果があるといわれています。この19年間、プロジェクトの中心となってきたNPO法人「ツバルオーバービュー」代表理事の日本人写真家・遠藤秀一さんに伺いました(写真上は、同国ですくすく育つマングローブと遠藤さん)。
マングローブ林は、サイクロンによる高波の緩衝材にも
ツバルでは、海面上昇によって海岸の侵食が進んでいる。海岸ではヤシの木がバタバタと倒れ、海岸線が後退中。つまり、島がどんどん小さくなっているのだ。これを食い止める方法はないのか──。そこで遠藤さんたちが考えついた対策は、マングローブ林をつくることだった。
海岸侵食によってバタバタと倒れていくヤシの木。侵食を受けて露出した砂に植生が戻るには、多くの時間を要する
「マングローブは、日当たりのいい汽水(きすい)域で成長する常緑樹木の総称です。汽水域とは河口付近の、川の真水と海水が混ざり合うエリアを指します。そもそもツバルには山がなく、川も湖もないので汽水域が存在しない。つまり、マングローブの森はもともとこの国にはないのです。しかし、調べてみたところ、的確な場所を選んで植えれば、ツバルでもマングローブが育つ可能性があるとわかりました」(遠藤さん、以下同)
植えてから5年ほど経過したマングローブの根元。がっしり砂に食い込んで侵食を防いでいる
この国でマングローブを植える効用は、いくつもあるという。
「ツバルでは雨季になると、多くのサイクロンに襲われます。海面で強い風が吹くと大きな波が発生し、それが高波となってツバルの海岸に押し寄せる。しかしマングローブの林があれば、それが緩衝材となって海岸の侵食が防げるのです」
マングローブは根を複雑にからませて成長するため、浜の砂を固定し、陸地面積を守ったり、場合によっては増やしていく力がある。おまけにCO2(二酸化炭素)の吸収力は一般的な樹木の4倍。貯蔵する力は8倍にもなるといわれている。さまざまな生き物の生活や繁殖の場になるマングローブ林の効能はツバルにとっては大きい。
「2006年当時はツバル国民も、自分たちの国が本当に水没するとは思っておらず、まったく危機感がありませんでした。けれども、誰でもできるマングローブの植樹に参加することで、意識の向上も見られているのです」
植えたマングローブの苗は15年間で11万6000本!
さて、マングローブ林が海岸の浸食を防ぐ可能性が高いことはわかったが、植林プロジェクトをスタートさせるには、2つの問題をクリアする必要があった。ひとつは、ツバル国内で十分なマングローブの種を入手できるのかという問題。もうひとつは、はたして、苗を植えるに適した場所があるのかだ。
集めたマングローブの苗を植林場所へ運搬するようす
「幸いなことに、首都フナフティのある島に、植林に適するヤエヤマヒルギの森があることがわかりました。ここで種は取れます。植林には侵食の被害が少ない、遠浅で流れが穏やかなポケット状の砂浜が適しているのですが、フナフティから船で小一時間移動したところに、そんな場所がいくつか見つかりました」
マングローブの専門家を招き、コスモ石油エコカード基金の協力を得て、マングローブ植林プロジェクトは走り出す。ツバル政府の合意も取れた。
「原生林から種を取ってきて、苗を育てて、植林地まで運んで植える。この一連の作業をツバルの人たちだけでできるのか。もちろん僕たちも活動しますが、最終的にはツバルの人たちに自主的にやってもらい、『自分たちの手で国を守るんだ』というところまで意識を高めていただけたら大成功。政府の合意がほしかったのは、このように考えていたからです」
2006年、満を持してプロジェクトはスタートした。
「すべてが順調だったわけではありません。前述したようにツバルには川がなく、汽水域もないため、100%海水の場所にマングローブを植えるしかない。これはもう大きなチャレンジでした」
近年、ツバルは雨期にサイクロンに襲われ、乾季には干ばつに見舞われることが多くなっている。植えた苗は、サイクロンによる高波に流されたり、干ばつの影響で枯れたりもした。
苗を植えてから10年ほど経過すると、立派なマングローブになる。背丈も3mを超え、林ができつつある。
「それでも、ものすごく条件のいい場所では、なんとか育ってくれていました。マングローブは苗を植えてから1年半くらいで大人の胸の高さくらいまで成長し、3年経つと枝根が出てきて、満潮時にはそこに魚が集まってきます。『いい漁場ができた!』と地元の皆さんに喜んでもらえたときは、うれしかったですね。10年も経つと樹高は5m以上になり、花をつけはじめたんですよ」
地元住民らがマングローブの苗を植える
「NPOの現地スタッフとツバル人や台湾人のボランティア、エコツアー参加者の方々のご参加と努力には、感謝するばかりです。その結果、一部とはいえ立派に成長してマングローブ林になりはじめていることを考えれば、このプロジェクトは成功だったといえるでしょう。ツバルに限らず、モルディブやマーシャルなど、マングローブ林のない環礁の島々にとっても、おおいに参考になるのではないでしょうか」
しかし残念なことに、現在このプロジェクトは中断中。財政難が原因だ。
「植林するところまでボートで行かなくてはならず、そのボートのガソリン代が捻出できない状況で、地元の人たちが動けなくなっているのです。ただ、植林プロジェクトに参加したことで、『自分たちにもできることがある』『自分たちでやらなければならないことがある』と気がついてくれたのは大きな成果。とくに若い世代がそう感じるようになってくれたことは、とてもうれしいです」
ツバルの被害は他人ごとではない!
COP(国連気候変動枠組条約の締約国会議)メイン会議場にて。左が遠藤さんだ
遠藤さんが初めてツバルを訪れたのは1998年。以来、どっぷりと同国にハマり、太平洋に浮かぶこの小さな島国を救うために、さまざまな活動を行ってきた。その功績が認められ2010年、ツバル政府から「環境親善大使」に任命されている。また、ツバル国代表団の一員として、2009年のCOP15、2014年のCOP20、2017年のCOP23に参加。COP23では、「フナファラ・エコアイランド・プロジェクト」のプレゼンテーションもおこなった。
COP23では、ツバル政府、SPREPと協働してエコアイランド構想を発表した
「エコアイランド・プロジェクトは、ツバルの人たちが、ずっといまの場所に住み続けられるよう人工の島をつくってしまおうというものです。ツバルの人たちには、ニュージーランドやオーストラリアに移住するという選択肢もありますが、現在の場所に残りたい人もいる。海を埋め立てて、海抜の高い島をひとつつくれば、その希望を叶えられると思ったのです。まだCOPで発表しただけで具体的なことは何も進んでいませんが、私の今後のツバルとの関わり方のテーマだと思っています」
左が上空から見たツバルの現況。これを右のように変えようというのがエコアイランド構想だ
日本人である遠藤さんがここまでツバルに魅せられ、入れ込むのはなぜなのか。
「ツバルは気候変動の犠牲の象徴みたいな位置づけにされていますよね。他国の人たちは、どこか他人ごとのように考えているところがある。でも、海は全部つながっているのです。ツバルが沈むという事態になれば、地球のほかの地域だって同じように海面上昇しているわけですよ。つまり、ツバルで被害がどんどん大きくなっているということは、今後、日本各地でもさまざまな影響が出る可能性がある。少なくとも私は、その予兆と捉えているからこそ、ツバルで活動しているのです」
海面上昇は、日本ではまだ顕著ではない。しかし、観測史上初という集中豪雨に見舞われたり、11月なのに夏日が続いたりの異常事態は、「気候変動の影響が顕在化してきているのでは」と遠藤さんは言う。
「だからね、やっぱりツバルの状況はずっと見続けていかなくてはいけない。日本でも一人ひとりが、気候変動や地球温暖化について考えてほしいと思うのです。私の活動がその一助になれば、これほどうれしいことはないですね」
Photo Shuuichi Endou Text:佐藤美由紀
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