バンクーバー唯一の「先住民族レストラン」になぜ世界中の人が集まるのか②
出版社勤務を経て、カナダを拠点に北米の人々のサステナブルなアクションを発信している大久保洋一さんの連載。彼が住むバンクーバーはグリーンピースなどの発祥の地と知られ、人々は自然を身近に感じながら暮らし、環境への意識も高いそう。第2回は前回に続き、カナダ先住民族のカルチャーを発信するレストランについてレポートします。
「私は、このレストランをインディジェナス(先住民族)の『ショーケース』にしたいと思って、ずっとやってきているのです」
2010年に開店した、バンクーバで唯一、インディジェナス(先住民族)が所有し運営するレストラン「サーモン・アンド・バノック」。オーナーのイネズさん(上写真)は、カナダ航空で25年間キャビンアテンダントを務め、世界中を旅し、さまざまな文化を目の当たりにしてきた。そして自分がヌハルク族(Nuxalk、ブリティッシュ・コロンビア州のインディジェナスのひとつ)出身であることを、より強く意識するようになった。
「このレストランを通して、自分のルーツを深掘りする旅に出たかった。そして世界中の人々を、このパーソナルな旅にお連れしたかったのです」(イネズさん、以下同)
レストランのスタッフは全員インディジェナスだ。13の地域からそれぞれ違った文化を持つ人間が集まり、まさに「ショーケース」としての役割を担っている。
「店名のサーモン・アンド・バノックは、とにかくわかりやすさを重視しました。サーモンはインディジェナスにとって繁栄や生命の再生を象徴する特別な存在。と同時に、バンクーバーに来た観光客はレストランを探すとき、まず『サーモン料理』で検索するでしょ(笑)。 バノックはインディジェナスに古くから伝わるスコーンのような主食。お客様からは『バノックって何?』としょっちゅう聞かれるから、名づけには成功したと思っています」
そう言いながら、前菜で人気のひと皿にバノックを添えてサーブしてくれた。
「前菜はウーラカンというワカサギの一種と、そのオイルです。昔、食べ物を手に入れるのが難しかった時代は、民族の長に会いに行くときのギフトとしても重宝され、ゴールドと同じくらいの価値があるとされていました。胃弱や肌荒れにも効果があり、いまでもヌハルク族の間では、病気になったとき、スープにしたりライスに載せたりしてよく食べられているんですよ」
メイン料理では、魚はサーモン、ギンダラ、鯛の3種、肉はバイソンを提供している。
「バイソンはゲームミートと呼ばれる、狩りで得た天然ものにこだわっています。低脂肪で低コレステロール、ビタミンや鉄分も豊富ですので、24時間かけてじっくりグリルします。ぜひこの味を試してほしいですね」
未来だけでなく、過去も目を向けなければ
インディジェナスの人々は、自然に身を置き、敬意を払い、さまざまな知恵を蓄えてきた。地球温暖化が進むいま、その知恵のなかに解決策があるともいわれる。イネズさんは複雑な表情で語る。
「インディジェナスは、もともと所有していた土地を追われました。そこにあった美しい自然は、資本主義のもと大々的に開発されてきたわけです。地球温暖化はそもそも何が原因なのか。もっとみんな自分ごととして捉えなければいけない」
インディジェナスの人々はさまざまな偏見や差別にさらされてきた。
2021年5月、オタワのレジデンシャルスクール(イディジェナスの子どもたちの同化政策としてつくられた寄宿学校)跡地から、215人分の子どもの遺骨が発見された。文化を奪われ、言葉の使用を禁止され、親から引き離された子どもたちが2万人以上いたといわれる。イネズさんも、そのひとりだ。
「大切なのは、いつも新しいこと、最新のものばかりに注目するのではなく、過去にも目を向けることです。未来だけでなく、過去から学ばないと。希望を託せるのは、ジェネレーションZ(1990年代後半から2010年代にかけて生まれたデジタルネイティブ世代)かもしれません。危機感を強く持つ彼、彼女らが家に帰って両親や、自分たちよりも上の世代を教育するような日がやってくるんじゃないでしょうか」
「じつは、バンクーバー国際空港に2号店を出そうとしているんです。もう1年以上、準備に悪戦苦闘していますが、うまくいけば2022年の夏には形にできるかもしれません。世界中から人が集まる空港に、最高のショーケースをつくり上げますよ」
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