世界にひとつだけの逸品が買える! 門前町とシャッター街を一変させた信州「善光寺びんずる市」の人気【後編】
「善光寺びんずる市」は、長野市・善光寺の境内で4〜12月の毎月第2土曜日に開催されている手づくり市。ヒトとモノ、マチを手仕事の輪でつなごうと、2013年から地域の有志によって始められました。イベント当日のにぎわいはもちろんのこと、定期的にマーケットを開催することで近隣地域にも活気を与えています。手仕事の縁が門前町(寺の前に発達したまち)にもたらした影響とは、一体どのようなものなのでしょう。【後編】
つくり手と客の会話が、さらなる熱気を生む
2013年の第1回(出展数約70軒)から口コミで評判を広め続け、いまや200軒超のブースが集う人気マーケットに成長を遂げたびんずる市。
「モデルにしたのは、京都市『知恩寺』の境内で40年近くにわたって行われている『百万遍(ひゃくまんべん)さんの手づくり市』。定期市を開催するにあたって全国のマーケットを見て回ったのですが、価格交渉を楽しむ骨董市や何でもありのフリーマーケットよりも、“手づくりのものをつくり手本人が売りにくる”というスタイルのほうが、門前の暮らしにはなじむと感じたからです」(びんずる市事務局長・箱山正一さん、以下同)
農家が山里で収穫した作物をリアカーに積んで売りにきて、まちの人がそれを買う──。かつての門前町の日常風景を、京都で見た手づくり市の光景に重ね合わせた。よそから仕入れてきたものをただ売るのではなく、“自分でつくったものを自らの手で売る”が、びんずる市のルール。だから店頭には、ここでしか手に入らないものしか並ばない。
「大切にしたいのは人と人との交流。手づくりのものであれば、ストーリーや思い入れがあるので、つくり手とお客さんとの会話も盛りあがるでしょう?」
こうした熱気あふれる会話が、手づくり市を盛り上げる重要なピースとなっている。

長野県を代表する観光スポットの善光寺。連日多くの人が訪れるが、月に一度のびんずる市開催日は、大変なにぎわいとなる

木工品や陶磁器、布製品など工芸品から飲食物まで、売り物はさまざま。長野県内に限らず、全国からクラフトマンが集う

店も商品も毎回入れ替わるので、何度通っても楽しい
びんずる市開催日は、まちじゅうが活気づく
出展者の増加に伴い、現在は善光寺の隣にある長野市立城山公園までマーケットのエリアを拡張。公園内には美術館や動物園などもあるので、買い物と合わせて1日ゆっくり過ごせるようになった。
「公園内にキッチンカーが出たり、長野県立美術館でワークショップが開催されたり、善光寺の宿坊で写経会が開かれたり。びんずる市の開催日に合わせてさまざまな催しがおこなわれるようになり、まちが活気づいています」
これまでは“善光寺を参詣して終わり”、“買い物をして終わり”だったのが、新たな楽しみが増えたことで、観光客の門前町滞在時間がぐんと伸びたそう。びんずる市のある日は、仲見世や周辺の飲食店、さらには大通りをずっと下ったところにあるお茶屋さんまで忙しくなるのだとか。

善光寺の隣、城山公園にも、色とりどりのテントが並ぶ
始めたばかりのころは「仲見世があるのに、境内で物を売るなんて」「客を横取りするな」と近隣の店から反発もあったものの、最近は「月に一度といわず開催頻度をあげてほしい」という声が寄せられるように。
「『びんずる市の帰りにご飯を食べていこう』『近くを散策してみよう』という人が増えたおかげで、周辺のお店にも経済効果が及んでいると聞いています。まちが活気づいたことで、氷が解けるように、反対していた方々からも認めてもらえるようになりました。13年間続けてきて本当によかった」
「いつかここから、世界的なブランドが生まれれば」
びんずる市の出展者は、プロのクラフトマンばかりではない。「月に1回チャレンジショップを出してみたい」という趣味で楽しむ人もいれば、「将来、自分の店を持つために腕試しをしたい」という“夢の途中”の人もいる。「そういう人たちが一堂に会して商品を見せる、伝える、商う。そんな場所になれたらいい」と箱山さんは微笑む。
「百万遍の手づくり市に行ったときに、出展していたチョコレート屋さんから『手づくり市に店を出したことがきっかけで、京都に実店舗を持てました。この場所が私たちの原点なので、手づくり市のある日はお店を閉めてでもここに来ると決めています』というお話を聞いたんです。『これだ!』と思いましたね。門前に店を構える七味唐辛子の老舗『八幡屋礒五郎』さんも、かつては善光寺の出店から始まったと聞きますし、びんずる市に店を出していた方が商売の力や自信をつけて、いつかこの地域に根づいてくれたらうれしいなあと。もしかすると、そのお店が何十年、何百年と続く老舗になっていくかもしれない。そんな未来を考えただけでワクワクするんです」
実際、びんずる市での縁がきっかけで門前にコーヒーショップやスイーツ店を開業した人もいるそうで、シャッター街と化した近隣の商店街に再び明かりが灯り始めている。

腕試しをしたいパティシエやブーランジェの出展も多い
無限につながっていく手仕事の輪
びんずる市はこれまで地域の有志によって支えられ、補助金に頼りすぎない姿勢を貫いてきた。補助金が途切れるやいなや、運営が立ちいかなくなるケースが往々にしてあるからだ。過去には、台風や雨でイベントが中止になったことで資金がショートし、実行委員のメンバーやボランティアスタッフがお金を持ち寄って補填したこともあったが、黒字化を機に晴れて法人化。万が一のときに融資が受けやすい態勢を整えることで、持続可能な活動を目指していく。
「13年間での出展者はのべ約2000軒。今後はびんずる市の成功をフォーマット化し、つないだ2000軒のご縁をほかの地域にも波及させていきたいと考えています。たとえば、空き店舗の多い商店街で出張マーケットも開いてみたいし、原点に立ち返って、西之門市(びんずる市の前身となった蚤の市)もまたやってみたい。まだまだ挑戦を続けますよ」
今後は、日本のものづくりの素晴らしさを、門前から世界に発信したいと箱山さんは考えている。もしかしたら、びんずる市に出展したときには素人だったつくり手が、その道を究めて地域で店を構えるかもしれない。インターネットやSNSを通じて、全国や世界にその存在が知られるようになるかもしれない。そこにファンがついて、門前に世界的なブランドが誕生する未来も考えられる――。
「手仕事の輪を100年先まで広げていきたい」と意気込む箱山さん。門前で生まれた可能性は無限に広がり続けている。
善光寺びんずる市 https://www.binzuru-ichi.com/ Photo:善光寺びんずる市事務局 Text : 松井さおり
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