コムアイ×荻上チキ「戦時下のウクライナで見た、破壊と復興の同時進行」【前編】
戦争や紛争の原因は、貧困や差別をはじめ、さまざまです。世界を争いへと向かわせないために、いま何が起きているのかを考えることから始めましょう。アーティストのコムアイさんと、評論家の荻上チキさんの対話から、現在の平和への課題を知り、未来のためにできることを考えます。
スマホを見てふと顔を上げると、空にはミサイルが!
第二次世界大戦から時を隔てて生まれた世代ながら、思い思いの方法で現代の戦争に向き合い、平和活動への参加や環境問題に対する発信を続けるアーティストのコムアイさんと、戦地での取材も重ねつつ社会へ広い視座を持つ評論家の荻上チキさん。2人の対話には、平和に近づくヒントが詰まっている。

コムアイ 荻上さんはウクライナにも取材に行かれたんですか?
荻上 2022年の5月に現地と周辺国に行きました。当時は、ロシア軍がベラルーシ経由で南進し、キーウを目指していたものの、それが止まった後の時期でした。以降、戦場はウクライナ南部や東部に変わり、現在まで戦闘が続いていますが、北部はその時点で復興フェーズに入っていました。とくにブチャは拷問や虐殺が繰り広げられた大変な時期を経ており、多くの住宅が銃弾や爆撃により破壊された。その復興作業が進んでいました。
コムアイ 戦争はどんどん拡大しているのに、地域によっては復興が始まっているって、なんだか不思議ですね。
荻上 そうですよね。避難していた人たちも徐々に戻ってきて、自宅のようすを確認したり片づけを始めたり。地域に残り続けていた若い男性に「変わったことはあるか」と聞いたら、Tinderのマッチングが増えたと言っていました。
コムアイ えーっ!そうか。女性たちが戻ってきたんですね。
荻上 女性や子どもの多くは避難していたので。そんな些細なことからもフェイズの変化を実感したらしいです。
コムアイ それは現地に行かないとわからないことですよね。
荻上 クラブも営業していましたし、バーも経営を続けている。現実には仕事を続けなければ生きていけないし、若者たちも発散の場所が欲しい。日常を失わないのも抵抗のひとつなんだと思います。他方でやはり戦時下の光景はあちこちに広がっています。突然空襲警報が鳴ったり、街なかには塹壕(ざんごう)や戦車止めがあったり。身近な友人や家族が戦死したり、親戚がロシア側を支持していたり。戦争のある日常のなかで、それぞれの事情や風景を生きている。彼らは、さまざまな要素が積み重なったモザイク状の日々のなかにいるんだなと、現地に行って実感しました。
コムアイ 現代の戦争ってそういうことなのかもしれないですね。私たちが義務教育で学んだ第二次世界大戦とも違って、より入り組んでいるというか。
荻上 あの戦争とは異なる面が多々あることは重要ですね。どこかで戦争に参加しながらも市民は学校や職場に行ってツイートをし、YouTubeで戦況を見ながら、ゲームやデートをしたりして過ごす。そんな日々が日本でもやってきてしまうかもしれません。
一部の国や企業が莫大に儲けて、死者がひたすら増える
コムアイ ロシアとウクライナの戦況を見ていて怖いなと感じるのが、この構図を借りて対立が巨大化していっていることです。そもそもウクライナの背後にはアメリカを含む西側諸国がいるし、韓国も周辺国への兵器輸出で存在感を放っている。日本国内でも、ウクライナ側につくのが正義で、武器を送ろう、応戦できる体制を整えようとの声が強まっています。一方で中国がロシアとどうつき合うのか、世界から注視されている状況もありますよね。
荻上 たしかに大国同士、陣営同士のパワーゲームには注視が必要ですね。
コムアイ 戦争当事国のどちら側に立つかによって世界が二極化し、第二次世界大戦でのベルリンの壁ではないけれど、キーウに同じ壁のようなものができ始めている気がするんです。戦争の摂理を感じて、危機感を抱いています。だってそれによって起こることって、軍需産業によって一部の国や企業が莫大に儲けることと、死者がひたすら増えること。その2つしかない。
荻上 ロシアでは動員を予備役にまで拡張して、大きな反発が起きていました。まともな訓練を受けていない囚人たちが動員されて、消耗品のように扱われているという状況もあります。
コムアイ 予備役兵も国際法上では規定された「戦闘員」ですが、要はただの一般市民にすぎない気がして。力がなくお金がない人々がただ亡くなっていく状況を前にした時に、国としては、逃げるでもいいし対話するでもいいけれど、戦争当事国のどちらにつくかというゲームに巻き込まれないのが正義なのかなとも感じています。

荻上 難しいですよね。ひとつ思うのは、戦争に目を向けるだけでなく、過去の教訓から得た平和へのアプローチを止めないことも大事なのかなと。
コムアイ ああ、そうですね。
荻上 第二次世界大戦を経て国際連合ができました。戦勝国も敗戦国も、先の大戦で多くの犠牲を出したことから、同様の大戦を繰り返しても誰も勝者になりえないとの共通認識のもと、“大きな戦争を起こさないこと”がファーストゴールに設定された。その手段として国連のミッションに位置づけられたのが、積極的平和主義です。
コムアイ はい。
荻上 これは単に戦争がない状態を平和と呼ぶのでなく、貧困や差別など、戦争の火種となりうるあらゆる要因にそれぞれ対策を講じていこうとの考え方です。その具体的な達成ターゲットと手法を確認するひとつの手段がSDGsですね。対テロ戦争の抑止に向けての教訓が不足していたり、安保理加盟国が戦争を起こし続けていたりなど、まさに国連の限界を目の当たりにしてはいますが、少なくとも人類は、その都度教訓を見出すことで、暴力をコントロールしようと試みてはいます。その教訓から生まれたSDGsのテーマに則りつつ、戦争に対して自国がどういう立場をとるべきかが判断できなかったとしても、貧困問題においてはこう、気候危機についてはこう、とそれぞれの立場でコミットしていくことも、紛争の火種を消していく意味で重要性があるともいえますね。
コムアイ たしかに。戦争を前にすると、環境などの他の取り組みが二の次になってしまうことが多いですよね。
荻上 そうですよね。昨年ウクライナへ渡航したときも、ロシアの上空を通れないからと、北極まで北上してから左折するっていうイレギュラーなルートを辿りました。オイルもムダだし時間もムダですよね。気候危機対策は、引き続きロシア国内の若者も含めて持続しようとする動きもあるし、民衆レベルでのつながりを継続することは欠かせないことなのかなと。
コムアイ 戦争というゲームに巻き込まれない人たち同士で、別の目標に向けて国際的につながっておくのも、ひとつの抵抗の形なのかもしれませんね。
──中編につづく──
PROFILE
コムアイ■1992年神奈川県生まれ。「水曜日のカンパネラ」のボーカルとして2012年にデビュー。21年9月からはソロでの活動をスタートし、北インドの古典音楽や能楽、アイヌの音楽にインスピレーションを受けながら表現活動を続けている。社会問題や環境問題、政治に対する発信も積極的におこなっている。
荻上チキ Chiki Ogiue ■1981年兵庫県生まれ。メディア論を中心に、政治経済や社会問題、文化現象まで幅広く論じ、TBSラジオ『荻上チキ・Session』ではパーソナリティを務める。この番組での特集に大幅な増補を加え、1131人の宗教2世の生の声を集めた『宗教2世』(太田出版)など著書も多数。
●情報は、FRaU2023年8月号発売時点のものです。
Photo:Masanori Kaneshita Text & Edit:Emi Fukushima Composition:林愛子