長野・岡谷市の老舗「若宮糀屋」が始めた、次世代のための“糀づくり体験プログラム”に挑戦!
自然が豊かな長野県岡谷市で、明治19年に創業した糀(こうじ)や味噌の製造販売業者「若宮糀屋」。ここがつくる「生糀」は、蒸した米に種糀をつけてから、室蓋(むろぶた)と呼ばれる木箱に移して大切に“育て”られたもの。製造に4日間もかかる生糀は旨みが段違いだと、昔からのファンが多いのです。そんな同社が後世に残すべき伝統技術を広く伝えたいと、糀づくり体験プログラムをスタート。いまや日本には数軒しか残っていない糀の蔵元が、これまでオープンにしてこなかった独自の製法を、地元住民や旅行者に公開、提供していくというのです。トラベルライターの仁田ときこさんが、発酵研究家の杉本雅代さん、家庭料理研究家の大串あきこさんとともに、そのプログラムに参加しました。
蒸し暑い「糀室」で汗だくに

左から大串さん、杉本さん、仁田さん。3人で糀づくりに挑んだ
糀には米糀、麦糀、豆糀などの種類があり、若宮糀屋が製造するのは、国産米を原料にした米糀。ちなみに、こうじは「糀」とも「麹」とも書くが、麹は中国から伝わってきた文字(中国では麦を原料とすることが多かった)で、糀は明治時代に日本でつくられた漢字のため、同社では糀の文字をつかっているのだそう。いずれにせよ、糀は米や麦、大豆に糀菌を繁殖させて発酵食品の原料にするもの。古くから日本の食には欠かせない存在だ。

蒸した米に温度ムラができないように、シャベルで塊を崩していく。暑い室内での作業で汗だくに。こうした環境でこそ菌が活発になるのだと、身をもって知る
ひと口に糀といっても、甘酒、味噌や酒、それぞれに適した種類があり、つくり方も異なる。それは非常に繊細な作業になるため、若宮糀屋には「こんな糀がほしい」という全国の発酵食品製造業者からのオーダーが殺到しているのだ。

糀室で発酵させるため、米を木箱(室蓋)に小分けにする。室蓋製法のメリットはきめ細かな湿温度管理ができること。約3時間おきに室蓋を積み替えて、米粒に均一に糀菌を増殖させる
若宮糀屋の女将・花岡慶子さんが語る。
「味噌、醤油、みりん、日本酒など、和食の基本調味料にはすべて糀がつかわれています。でも、いまは糀が何なのか知らない方も多いですよね。和食を支える影の立役者・糀の存在に触れることは、生き方や暮らし方を見直すきっかけになるはずです」

フワフワに発酵した綿のような生糀を見た瞬間、思わず「かわいい!」と声を発してしまった。乾燥した糀に比べて生糀は酵素の力が強いとされている
糀づくり体験は、服の上から貸し出しの作業着を着て、帽子、手袋をつけ、約40℃の蒸し暑い「糀室」で汗をかきかき作業する。まずは、蒸した米に糀菌をつける作業を体験。糀菌を均一に米につけるためには、人の手で介助する必要があるのだ。次に、糀菌がふわふわと繁殖しやすくなるよう、先ほどの蒸し米を室蓋と呼ばれる木箱に移し、発酵を促すため糀室に入れる作業。それが終わると、今度は外気温に合わせて、まめに糀室の温度を調整する作業……。米の固さや水分量でも出来上がりに大きく差が出るそうで、糀づくりの細やかさを実感させられた。

古くから受け継がれてきた糀蓋。いまは、この道具をつくれる職人も少なくなったそう
「味噌づくりをしたことはあっても、糀専門の蔵元で糀づくりを体験したのは初めてだったのでとても貴重な体験でした。私も仕事柄、日々菌を育てる発酵の場に身を置くので、それだけで体の調子が整うのを感じています。単に糀を食べるだけでなく、菌が活発な空間にいるだけで、肌や胃腸は元気になる。糀づくり体験中にスタッフの方から『糀は生き物だから、こちらの感情や気持ちが伝わるんですよ』と伺いました。人と糀、互いに“生き物”として交流できるのが糀づくりの場なのだと感じました」(杉本さん)
「糀を肉や魚に加えると、繊維がやわらかくなるという化学反応が起きます。旨みも増えるし、何より消化がよくなる。今回糀づくりを体験して、糀そのものが調味料の域を超えた“生き物”なんだと実感しました。日本で昔から受け継がれてきた生命体を料理につかっているという、新しい感覚が芽生えて楽しかったです」(大串さん)
糀づくり体験は、たしかに相当楽しい。だが、洋服の上にさらに作業着を着て、蒸し暑い室内での作業で汗だくになるので、着替えと飲み物の持参は必須だ。
学生がリノベーションした古民家宿がオープン

若宮糀屋は、ファミリーや海外からのゲストも幅広く受け入れられるように、一棟貸しの古民家宿も開いた。写真はそのリビングルーム
若宮糀屋は、新しい試みとして、遠方からの体験者が宿泊できる「信州麹屋の宿KOMINKA」もオープンさせた。20年ほど空き家になっていた古民家をリノベーションしたこの宿は、一日ひと組限定。味噌や塩糀などの糀調味料も置いてあるので、自炊して“糀のある暮らし”も体験できる。

改装をおこなったのは、学生サークル「DABO」のメンバーたち。全国の古民家をリノベーションしている、首都圏の建築学科所属の大学生らだ。総勢20名がさまざまなアイデアを出し、室蓋や味噌樽をディスプレイしたり、発酵に関する書籍を本棚に並べたり。なかには、それまで工具を触ったことがない学生もいたそうで、この改装プロジェクトを経て、ひと通りの工具が扱えるようになったのだという。
「学生にそういう機会を提供できたこともうれしい」と女将。
「これからもここを、糀を通して人と菌のつながりを感じ、心と体を整え、自分自身をとり戻していただける場所にしていきたいです」
若宮糀屋 https://wakamiyakoujiya.com/ Photo & Text : 仁田ときこ