酉の市 変わらないお気に入り
11月の酉の日に開催される酉の市。またの名をお酉様という。もとは戦勝祈願、または収穫を祝うお祭りだったなど由来は諸説あるものの、江戸時代には商売繁盛を祈願する祭りとして定着した。神社では小さな竹の熊手に稲穂をつけた「かっこめ」を授与しているが、境内に並ぶ出店ではおかめや七福神、小判といった縁起物の飾りをつけた華やかな「縁起熊手」が売られ、この熊手を買い求める人で賑わう。酉の市には一の酉、二の酉、三の酉と3日あり、二の酉まである年と、三の酉まである年がある。ちなみに2021年は二の酉までしかない。三の酉まである年は火事が多いといわれている。
……と、さも酉の市に詳しいかのように説明してみたが、酉の市は東京発祥といわれている祭りなので、三重県出身の自分は東京に来るまで存在すら知らなかった。初めて酉の市に行ったのはライターになったばかりの頃。取引先の社長に誘われ、社員の方と一緒に花園神社の酉の市に出かけた。歌舞伎町の近くにある神社だけあって境内は猥雑で妖艶な雰囲気に満ちており、連れられるがままに入った見世物小屋で蛇女に驚き、裏稼業風のお兄さん達が闊歩している様子に怖気付き、といった感じで、当時はなんだかおっかないお祭りだなあと思った(今はすっかり馴れて楽しんでいる)。そのせいもあってか今ひとつ身近に感じられず、連れて行ってくれた社長は大きな熊手を買っていたけれど、自分は小さなかっこめ一つ買わなかった。
そんなわたしが毎年熊手を買うようになったのは、それから数年後のこと。飲み会とセットで出かけた二度目の酉の市がきっかけだ。そのときは新宿ではなく、酉の市の規模が東京一といわれる浅草の鷲神社だった。自宅からかなり遠いのだが、「浅草で飲む」という普段なかなかない機会に二つ返事でオッケーし、いそいそと出かけた。あくまで飲み会をメインに考えていたため、当初は神社にお参りしたらさっさと移動しようなどと不謹慎なことを思っていた。熊手を買うつもりもなかった。
それなのに、一軒のお店の熊手を見て、目が釘付けになってしまったのだ。そのお店の熊手だけ、なにかが違う。よく見てみると、ほかの店のようなプラスチックの飾りがゴテゴテとついていない。といって地味でもない。七福神を乗せた宝船の形になっていて、むしろとても華やかである。しかも飾りとして差し込まれている七福神の顔が、どれもシンプルなのにめっぽう可愛い。この熊手、いい。これなら欲しい。そう思って迷わず小さな熊手を購入した。ひと目惚れだった。この宝船熊手がわたしの初熊手になった。 そのお店は「宝船熊手 よし田」といい、「宝船熊手」を作っている唯一のお店だった。しかも後になって知るのだが、よし田の熊手は原材料のほとんどが紙と竹で作られており、七福神の顔も、すべて職人さんによる手描きだった。
故郷にいた頃、前の年のしめ飾りや破魔矢、お札などは、大晦日の夜に近所の神社で焚き上げてもらっていた。それらはすべて木・紙・竹・藁だけでできていたので、燃やすことに躊躇がなかった。だが近年はいろいろな素材の飾りがついたものが増えたため、神社の人が燃えるものと燃えないものとに仕分けをしているという。その話を親から聞いていたせいか、しめ縄やお守りのように一定の期間が過ぎたら燃やすことがわかっているものは、なるべく天然素材で作られた簡素なものがいいという考えがあった。デザインに惹かれたのがきっかけだったものの、知れば知るほどこの宝船熊手は自分にとって理想的だったことがわかった。
鷲神社で出会ったよし田の宝船熊手はその年から我が家の定番になり、酉の市で商売繁盛を祈願することも新しい習慣に加わって、もうかなり経つ。ところが家から遠いこともあって鷲神社に行けないことも多く、年によっては近所の神社の「かっこめ」で済ませたり、やむなく別の熊手を買ったりという年もあった。けれどもそれだとどうもしっくり来ない。別の熊手を買った年に仕事が不調だと「よし田の熊手を買わなかったからかな……」と思うし、その熊手についているプラスチックの飾りを目にするたびに「こういう妥協は良くないって分かっているのに、またやってしまった」と、一年中チクチク後悔する羽目になった。
今年はちょうど前2回のコラムで竹について書いていたこともあって、買いそびれたりほかの熊手でお茶を濁したりということもなく、無事によし田の宝船熊手を手に入れることができた。素朴だけど愛らしい、大好きなこの熊手。目にするたびに、嬉しくて笑顔になってしまう(チクチク後悔とは大違いである)。紙と竹だけでできたサステナブルな素材だからという以上に、自分らしいもの、自分にとって間違いないものを選べた喜びが大きいのだ。
さあ、これで準備万端。来年はさらなる商売繁盛とともに、たくさんの幸福やチャンス、素敵な時間をかっこむぞ。
宝船熊手 よし田
エッセイコンテスト入賞を機にファッションの世界からライターへ。現在はおもに広告・PR業に編集も。小さめの映画と街歩きが好き。牛肉・はまぐり・鋳物で知られる三重県桑名市出身。