鴻上尚史「2030年。誰もが住みやすい日本になっているために」
2030年には、平和や差別、エネルギーなど、さまざまな問題の何がどんなふうに叶えられているでしょうか。今回は、作家・演出家の鴻上尚史さんに、「こうなって欲しい未来」について話していただきました。
社会の片隅に追いやられても
真剣に生きている人を描きたい
かれこれもう25年前になるのかな。1993年上演の3人芝居『トランス』では、松重豊さんが演じたゲイの登場人物が道化的な役割ではなく物語の中心に加わっていたことが話題になった。男女4人の恋愛劇『ベター・ハーフ』では時代の空気に即した恋愛模様を描くため、僕が開催したワークショップへの応募が縁で知り合った中村中さんに、シンガーとしてすでにキャリアがあったにもかかわらず、トランスジェンダーの役を演じてもらった。
LGBTQを題材に選んだというより、描きたい人物がLGBTQだったという思いが強い。作家としてはやっぱり、傷つけられていたり、弱い立場に置かれていたり、声を上げられなかったりする人に目がいってしまうから。
日本に大挙してきた宇宙人の難民と住人との軋轢を描いた『イントレランスの祭』は、ベースに近年問題になっているヘイトスピーチがあり、『ネットと愛国 在特会の「闇」を追いかけて』を読んで、どうしてここまで人に対して憎悪に満ちた言葉を投げられるのかという衝撃と向きあうために筆を執った。20代で劇作家をはじめたときから、涙を拭くハンカチのような芝居をつくりたいと思っていて、それはつまり涙が出る根本の理由に対しては無力かもしれないけど、せめて隣でそっと寄り添ってあげることはできるんじゃないかなと考え続けている。
人間は社会のなかに生きているので、社会性がすっぽり抜け落ちたままの夢物語的な恋愛であったり、根性物語というのは僕にはおもしろいとは思えない。おかげさまで評判の、『不死身の特攻兵 軍神はなぜ上官に反抗したか』の主人公・佐々木友次さん。彼は、軍隊という厳しい社会のなかでは片隅にしか居場所がなかったのかもしれない。でも、そんな片隅にも社会のあり方は色濃く落ちていて、影響を受けずにはいられない。そこで必死にあがいたからこそ、友次さんは9回特攻を命じられながら、9回生きて帰ってきた。在日朝鮮人の方々やLGBTQの人たちも社会の片隅に追いやられながらも真剣に生きているところが共通している。
この国の強すぎる同調圧力と低すぎる人々の自尊意識が2030年までにひっくり返るといいね。わかりやすいところでいうと、小学校の子供たちがランドセルだけじゃなくて、それぞれサイズも色も形も違う自分の好きなバッグを持って通学する風景が見たい。それから新卒一括採用という悪しき慣例がなくなり、画一的なリクルートスーツを脱いで就職活動ができるようになったときには、日本という国は、ずいぶん住みやすくなっているんじゃないかな。
PROFILE
鴻上尚史
作家・演出家。学生時代に『第三舞台』を立ち上げる。現在は〈KOKAMI@network〉と〈虚構の劇団〉を中心に活動。著作の『不死身の特攻兵 軍神はなぜ上官に反抗したか』 (講談社現代新書)が大ヒット。ほかに『幸福のヒント』(だいわ文庫)などがある。
●情報は、FRaU2019年1月号発売時点のものです。
Illustration:Katsuki Tanaka Text:Toyofumi Makino Text&edit:Asuka Ochi