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ナビゲーションロボ「AIスーツケース」が見据える“未来の景色”【後編】
ナビゲーションロボ「AIスーツケース」が見据える“未来の景色”【後編】
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ナビゲーションロボ「AIスーツケース」が見据える“未来の景色”【後編】

これまで2回にわたって、日本科学未来館(以下、未来館)の面白さをお伝えしてきました。あなたはもう当然、東京・お台場に屹立する未来館をワクワクしながら訪ねられたことでしょう。あのアンドロイド、ホントに生きているみたいでスゴかったですよねえ……なんですって? ま、まだ未来館に行ってない!? 夏休み期間のイベントもご覧になってないと? それならば……いや、そんなあなただからこそぜひ、未来館でご覧いただきたいものがあるんです。9月以降がもっと楽しい未来館へ、ようこそ!(後編)

ーー前編はこちらーー ーー中編はこちらーー

「科学で人生が変わった」館長だからこそ思いついた

未来館で絶対に見てほしいもの、それは……上写真で未来館館長、浅川智恵子さんがつかっている視覚障害者向け自律型ナビゲーションロボット「AIスーツケース」だ。見かけはただの黒いスーツケース。だが、未来館ほか民間企業など日本の頭脳が集結して研究開発しているのだから、ただモノであるはずがない。実はコレ、スマートフォンで特定エリア内の行きたい場所を設定すると、それを受信し、自動的に動いて目的地まで連れていってくれるという、超スグレモノなのだ。

ケースに載っている(ように見える)円筒形のものは「LiDAR(ライダー)」と呼ばれるセンサー。内部では近赤外線レーザーがグルグル回転し、あらかじめスマホで登録したマップ情報と照らし合わせて周囲20m内の「形状」を認識、さらにカメラが壁や障害物などを検知するのだという。ハンドルの下側に触ると、ケースは動き出す。ここにもセンサーがついているのだ。で、ハンドルから手を離すと停止。これならケースが暴走することもないだろう。走行速度も、ゆっくり歩く程度から早歩きまで調整可能らしい。

取材日(8月)には台座にうやうやしく展示され、触れなかったAIスーツケース。見かけは堅苦しいが、多くの人を救うため日夜精進(進歩)する心優しいヤツなのだ

そもそも、AIスーツケースの開発は5年ほど前、当時IBMのフェローだった浅川さんの着想ではじまったという(浅川さんは昨年4月に未来館の館長に就任、現在もIBMフェロー兼任)。彼女とはIBM時代を含め20年以上、一緒に研究をしてきたという未来館の副館長、高木啓伸(ひろのぶ)さん(同じく昨年4月に副館長就任)が解説してくれる。

「浅川は、小学生のときの事故がもとで、中学時代に視力を失いました。最初は点字も読めず、当時は音声読み上げの技術もなかったので、教科書も新聞も読めない、ひとりで出かけられないなど、できないことだらけで大変な苦労があったようです」

スポーツ少女で体育大学進学を夢見ていた浅川さんは、そこから理系に方向転換。情報処理の専門学校に進み、1985年、日本IBMに就職した。

「その後、1990年代はじめにインターネットという莫大な情報量をもつ新技術が出現しました。しかし、一般の視覚障害者はそのテキスト情報にはアクセスできず、読めるのは点字や録音図書などに限られていました。そこで彼女は、あらたに出てきたパソコンの音声読み上げ技術とインターネットを組み合わせ、『パソコンに表示された画面を読み上げてくれる技術』を開発、世に送り出しました」(高木さん)

それが1997年にIBMから発売された世界初の実用的なWEB音声読み上げソフト『ホームページ・リーダー』だ。これにより視覚障害があっても、インターネットを通じて新聞も読めれば、ショッピングもできるようになった。独力で必要な情報にアクセスし、より積極的に社会に参加できるようになったのだ。

「浅川は、『インターネットでショッピングができたこと、料理番組の動画を再生できたことなど、ふつうのことが当たり前にできるようになったことが、とてもうれしかった』と言っていました。『科学技術の発達によって人生が変わった』ことが彼女の原体験になっていて、それがAIスーツケースの開発につながっています。彼女が打ち出す『誰ひとり取り残されない社会』は、私のビジョンでもあります。

たとえば、商業施設での実験で浅川がAIスーツケースで歩いていると、周囲の人びとは誰も、彼女が視覚障害者だと気づかない。それぐらい自然で、まわりにとけ込んでいるのです。こうした、将来は当たり前になるであろう光景を、私たちは『未来の景色』と呼んでいます。未来の景色が描けると、今度は、AIスーツケースのようなナビゲーションロボットは目立たないほうがいいのか、逆に目立ったほうが周囲の人たちが手助けしようなどと考えるのではないか、などの議論が出てきます。そのキッカケをつくるのも、未来館の役割のひとつだと考えています」(高木さん)

いまのところケース内部には機械がビッシリ詰まっており、着替えなど旅行用の荷物は入れられない。「誰ひとり取り残されない社会」実現のため、未来館では今後も定期的にAiスーツケースの体験会を行い、新しい機能を試したり、改善をしていくそうだ。

「脱着できる身体」をつけてみると、われわれの脳や心にどんな変化があるのか──“東京大学の稲見昌彦先生とその仲間たち”は、そんな風変わりな研究もしている。たとえば「6本目の指」。人工指が左手小指の隣にくるようにセットし、「指が増えた」感覚を体験する。大人より子どものほうが、なじむのが早い

手の指が1本増えたとしても、つかいこなすのが大変!?

「もしも手に指が1本増えたら、どう感じるでしょうか。便利なことは? 不便なことは? あなたはその指で何をしますか?」

こんな問いかけのもと、この日未来館では、自在化身体プロジェクト「6本目の指」のイベントが開かれていた。左手小指の外側に、機械でできた6本目の指を装着、ボタンを押すとその指が曲がり、電子ピアノの鍵盤を押せるという体験イベントだ。居合わせた子どもたちは上写真のように、器用に6本目の指を操り、曲を演奏していく。

だが私は、この指をなかなか鍵盤にタッチさせられない。触れたとしても、「プ〜」と出るピアノの音が、なんだか弱々しい。本来は操作ボタンを押して6本目の指を動かすべきなのに、ついつい左手全体を鍵盤にたたきつけようとしたり、空いている右手で「新しい指」をグイと押さえ込もうとしてしまう。私の脳が、なかなか「もう1本指が増えた」と認識してくれないのだ。頭がカタいってヤツだろう。「こんなの何かの役に立つのか?」なんて悪態もつきたくなるが、いやいや、未来館によれば、「本来存在しない部位を身体にとりつけたときの脳や神経の研究につかわれています」とのことだから、これでいいのだ。研究には役立っている……はず。

未来館では9月以降も、こうした「未来をつくる研究」に参加できるイベントを随時開催していくという。

ボードゲーム形式で気候変動危機を楽しくもリアルに学べるワークショップ。2017年から実施されていたが、コロナ禍以来、オンラインのみの開催となっている。ゲームのデザインは新しいものに変わっているというから(写真は旧デザイン)、対面での再開が楽しみだ

リアルすぎる「気候変動危機」のボードゲーム

未来館は、SDGsに関しても力を入れに入れている。そのひとつがワークショップ「気候変動から世界を守れ!」だ。これは、参加者が「5ヵ国」のグループに分かれ、それぞれがその国の大臣になったと仮定、気候変動危機から国民の命と財産を守るべく、ボードゲーム形式で、ときに予算を各省庁に分配し、ときに国連会議を開催して他国と交渉、国際条約を結んだりする。

たとえば、ワークショップ会場のスクリーンに突然、「科学者からの報告」としてビデオが流され、「広範囲にわたり高気圧が長い間、同じ場所にいすわっている」など、科学者から警告が出ていると知らされる。参加者はこれを受けてグループ内で話し合い、自国がどれくらいのダメージを受けるか、どんな省庁にいくらの予算を配分するか、コストがかかっても他国とCO2削減のための条約を結ぶべきか……など考えて国の進路を決める。自国内のチームワークはもちろん、他国の事情や立場も常に考慮する必要があり、自国民や予算がゼロになったチームが出ればゲームオーバーという、リアルでシビアなゲームなのだ。

「子どもから大人まで楽しめるこのボードゲームは、友の会や学校団体向けプログラムとして、また、教員研修などの機会に行ってきました。2017年11月に開かれた世界中の科学館代表者らが集まる会議『世界科学館サミット』や国際交流プログラムなど、多様な国籍の参加者がいる場でも実施しています。コロナ禍以来、ワークショップはオンラインのみですが、時期を見て、対面でも再開できればと考えています」(未来館・広報の長田純佳さん)

そして未来館は10月8日から、研究開発の「いま」を見せるシリーズ企画、「Mirai can NOW」の第2弾として、人生100年時代の「加齢」をとらえ直す新企画、「“わたし”をアップデート」を開催する(https://www.miraikan.jst.go.jp/events/202210082634.html)。なんでも最新機器で歩行力やお腹の脂肪量を測定してくれるそうで……。恐ろしくも、「現在の心身の状態を科学的に見える化」するという、筆者などは避けて通れない課題解決の場となりそうなのだ。さあ、あなたも科学の力で、自分を見つめ直そうではないか!

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Photo/佐藤弓美(AIスーツケース単体、6本目の指)、日本未来館(浅川館長とケース、ボードゲーム) Text/舩川輝樹

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