人と洋服が「会話する」未来へ
地球にも人間にも優しいブランド「COVEROSS(カバロス)」シリーズを開発し、国連が提示した新国富指標にもとづく「医学住宅」プロジェクトにも協力するアパレルブランド「hap」。後編では同社の第三世代の商品「センシングウェア」と、最先端の医学住宅への取り組みを紹介します。
センサーで体調を計り、健康管理もしてくれる新世代ウェア
hapが三機コンシス社と共同開発している、スマホと連動して体を温めたり冷やしたりする「着るエアコン服」「スマートウェア」。これをベースに、個人にひもづく情報と内蔵された各種センサーを組み合わせ、健康管理をしてくれる夢のような最先端衣服が「センシングウェア」だ。
「スマホで衣服内の温度調整が可能というだけでは、自分自身が『暑いな』『寒いな』と自覚しないと対応できませんし、ほかの人に操作されてしまう可能性もあります。しかし、現在開発中のセンシングウェアは、着用者の体調をセンサーで感知して、適切な温度に調整。生体情報をもとに、衣服の内部を最適な環境にしてくれます」(hap代表取締役・鈴木素さん、以下同)
センシングウェアの素材には導電性繊維が使われていて、着用するだけで心電図や筋電図などが記録できる。その記録をもとに、自動的に衣服の一部を温めたり冷やしたり、服内に風を送り込んで熱中症を防いだりすることもできる。それが事実なら画期的なこのウェア、信州大学などとの共同研究によって、開発が進められているという。
「開発には、さまざまな困難が伴います。衣服として適正価格にしなければなりませんし、気軽に洗濯できなければ、日常的に着ることができません。心電図を記録する際は導電性繊維にジェルを塗る必要があるのですが、このジェルの冷やっとする感覚を着用者が不快に思わないレベルにまで軽減しなければいけない。また、脱いだときに自動でセンサーをオフにするために、別のセンサーをつけなければいけない。衣服に内蔵させるので、バッテリーもできるだけ小さいほうがいい。さらに心拍数や血行に関する情報などは究極の個人情報なので、取り扱いには慎重にならなければいけません。それでも『自分の体調とひもづいて健康管理ができる衣服』は画期的なので、必ず実用、量産化まで進めたいですね」
hapのこうした技術は、2022年よりスタートした「医学住宅」の実装実験に取り入れられている。医学住宅とは、九州大学の都市研究センター・馬奈木俊介教授や福岡県中間市などが中心となって進めているプロジェクト。心身の健康寿命促進による医療費・介護費削減と、サステナブル&カーボンネガティブな街づくりを包括的に目指す取り組みだ。「着るだけで健康になる服」「脳疲労を回復する寝具」などの開発・評価を通して国際論文の発表を進めていき、健康寿命を延ばすためのサービスを実現する試みがつづけられている。
「当社はアカデミック・パートナーとして、このプロジェクトに参画しています。住宅にアップルウォッチのようなセンサーを入れてセンシングウェアと連動させる。たとえば『2週間以内に脳梗塞になる確率を90%以上の確率で当てる』『整体計測による体表面温度と深部体温の比較から熱中症の危険度を算出して、自分や家族にアラートを出す』といった連携が考えられます」
熱中症のアラートが出たら、衣服の冷却機能を自動的に作動させるなど、スマホなどを媒介し、各家庭の電化製品やオンライン医療と、自身が着る服がつながるのが医学住宅プロジェクトだ。
「いまは男女とも『平均寿命』と『健康寿命』の間に10年以上の差があります。この差をできるかぎり縮小することは、国の医療費・介護費を大幅に削減することにつながります。実際にデンマークでは『寝たきりの人を寝たきりにさせない』という法律をつくったことで、これまで、努力すれば歩ける状態を維持できるのに歩く努力をしなかった、周囲もそうさせなかったような高齢者が自ら歩くようになった。結果、当事者の幸福度が増すと同時に、医療費・介護費の大幅削減につながったんです」。
目指すは『ど根性ガエル』のひろしとピョン吉の関係!?
医学住宅が実現すれば、国や自治体は医療費を大幅に下げられ、住民の幸福度はアップする。これに取り組むことで、企業は真っ当な報酬を得て経済的に発展していける。けれども日本では、これを広範囲に実現するのは簡単ではないという。
「この手の実証実験は人口5万人前後の地方都市で行うのですが、首長が変わったら進んでいた実験の計画自体がなくなることも多い。国民の多くが福祉国家の一員としての自覚を持ち、社会保障政策に正面から向き合っている北欧とは異なり、日本ではこうしたプロジェクトに利権が発生したり、補助金ビジネスのターゲットにされたりする。それでは意味がないんです」
「その場その場の利益ばかりを追いがちな社会の意識を変革しなければ、医学住宅が当たり前になる時代はなかなかこない」と鈴木さん。さらに日本と北欧では、純粋なアパレル消費者としての意識も大きく異なるという。
「優先順位のつけ方が違うんです。北欧では『企業の果たすべき責任や正しさ』にこだわりますが、日本ではあくまでも『値段』第一。とくにアパレル業界は、次々と新しい商品を買ってもらうことが『いいこと』とされ、『いい商品を長く使ってもらう』という意識が乏しいのです。そのため価格競争になり、『買い叩く』文化になってしまう。ここを変えていかないと、『人の幸福度』と『地球環境への配慮』、さらには『経済発展』をサステナブルに展開していくことはできないと考えています」
鈴木さんが理想とする衣服と人との関係は、1970年代の漫画『ど根性ガエル』の主人公・ひろしとピョン吉の関係だ。
「洋服が、着用する人のよき相棒になって会話できるのが理想。『ちょっと暑いみたいだよ。冷やしますね』『おう、ありがとう』みたいな関係が築けたら、誰もそんな服を簡単に捨てようとは思わないでしょう。ギリギリまでつかい倒して、最後もリサイクルを前提に廃棄する。そんな消費者が大半となるような未来がつくれるよう、これからも頑張ります」
text:奥津圭介 photo:近藤誠