Do well by doing good. いいことをして世界と社会をよくしていこう

老舗工房イリス・ハントヴェルクの地球と人にやさしいブラシ
老舗工房イリス・ハントヴェルクの地球と人にやさしいブラシ
TOPIC

老舗工房イリス・ハントヴェルクの地球と人にやさしいブラシ

スウェーデンの老舗ブラシブランド〈イリス・ハントヴェルク〉。美しいデザインと機能性を兼ね備えたブラシは日本でも高い人気を誇ります。視覚障害者を職人として積極的に雇用している、彼らの工房を訪ねました。

視覚障害者の“働く喜び”が
会社の成長につながっていく

熟練の職人オーケは今年、定年退職を迎える。彼の技術は、若手に継承されていく。

ストックホルムの中心地からほど近いエリアに〈イリス・ハントヴェルク〉の工房がある。閑静な住宅街に佇むのは、歴史と風格を感じさせるレンガ造りの建物。そのエントランスに続く脇道あたりで、“プープー”と機械音が規則的に鳴っている。それが、通勤する視覚障害者に入り口の場所を知らせる音だということに、しばらくして気がついた。

ブラシのベースとなる木板部分。穴の空いた箇所に毛を通すのが職人の仕事。

〈イリス・ハントヴェルク〉は1870年創設という長い歴史のなかで、視覚障害者を職人として積極的に採用してきた背景がある。入り口で出迎えてくれたCEOのリカルド・スパレンホークと挨拶を交わすと、入ってすぐのスペースに職人たちの工房があった。

手作業を大切にしているのは、見た目にも仕上がりにも差があるから。この後、毛を揃えるカッティングを施す。

「〈イリス・ハントヴェルク〉のブラシは、シンプルで機能的、そして美しい。日本でもとても人気があり、職人の手から生まれるブラシを使うことでつながれるのはうれしい」

そんな思いを伝えると、リカルドは「ぜひ彼らの仕事を見てほしい」と笑顔で案内してくれた。

工房の様子。ひとりでブラシをつくれるようになるまでには6ヵ月かかるという。

現在この工房で働く職人は6人。他に事務や営業スタッフが数名いる。外部には、業務提携しているエストニアの工房に職人が8人、さらにフリーランスのデザインチームがいるが、世界中に卸しているブラシの数を考えると拍子抜けするほど小さな規模でやっている。

職人ひとり一人に大きな作業台が与えられ、各々がイヤホンでニュースや音楽を聴きながら作業にあたっている。彼らが担当するパートは、木の板にブラシの毛を取りつける作業だ。熟練の職人の手元を見せてもらうと、流れるような手さばきで板と毛を針金でくるくると巻いていく。

毛のサンプル。用途に合わせて厳選。

機械も使うが、基本は手作業。指先の器用さと正確性が求められ、最終工程で針金が飛び出さないように仕上げるのにもかなりの職人技を要する。彼らは平均で1時間に10〜12本のブラシをつくるという。

リカルドのオフィスの一角にはこれまでのプロトタイプが並ぶ。

運営のはじまりは、医師が設立した視覚障害者のためのブラシ工房。協会が設立され、1950年代にはSRF(視覚障害者全国協会)と名を変え、視覚障害者に手に職をつけてもらい、雇用の推進と自立を促す活動をしてきた。だが、2009年に国からの補助金が減らされると、徐々に経営が行き詰まる。2009年には、18人ほどいた職人がひとり、またひとりと解雇されていく。最終的には4人しか残らない状況に。

そんななか、ひとりの女性が会社を買いたいと名乗り出た。だが彼女は、工房をすべて国外に移して大量生産制にし、スウェーデンの職人を全員解雇しようとしていた。当時SRFで働いていたリカルドと同僚のサーラ・エードヘルは、それを知って自分たちで会社を買うことを決め、買収される一歩手前で阻止することに成功した。

「工房を海外に移してお金を稼ぐことにまったく興味がなかったんだ。それよりも伝統を受け継ぎ、職人たちを呼び戻したかった」

窓際には新しいブラシが。

2012年、晴れて会社を買い取った2人がまずしたことは職人たちの再雇用だった。

「職を失って悲しい思いをしている人々を身近で見てきたからね。簡単に解雇すべきではないと思ったよ。それに外国で同じ材料が手に入るとは思えなかった。大量生産はできても同じクオリティは保てない。視覚障害者に支えられて、150年近く続いた伝統がなくなってしまうことに耐えられなかったんだ」

オーケの盲導犬グッチはムードメーカー。

〈イリス・ハントヴェルク〉のブラシは、板になる面は木材のみで、プラスチックは使わない。材は白樺、ブナ、オーク、ウォルナットをメインとする。掃除用は馬の毛。ホコリ落としはヤギの毛。爪用のブラシは硬いものがいいので、サボテンの一種である植物性の繊維を使う。自然由来の素材を使用することもまた、これまでの伝統だ。

そしていまはブラシに塗るミネラルオイルに含まれる化学物質を取り除くことを検討しており、パッケージもプラスチックではなくリサイクル段ボールを使うなど、環境への配慮を進めている。

リカルド(左)とサーラ。

リカルドとサーラの経営努力により、この6年間で堅調に売り上げを伸ばし、2018年だけで、35ヵ国890社から注文を集めた。経営が軌道に乗り、売り上げは倍増したが、2人には会社を大きくしたいという野望はない。マイペースで成長していければいいと考える。それよりもまず、職人たちの働く環境を大事にしたいという。

1日2回のフィーカを大切にしている。職人同士もこの時間にコミュニケーション。

「体に負担をかけずに、座って作業ができること、その椅子や家具のコンディションがよいこと。フィーカ(スウェーデン式お茶の時間)を必ず取ること。何よりもひとり一人が働く喜びを感じられること」

“働く喜び”はエモーショナルなことで数値などでは表せないが、それこそが会社の成長につながると確信する。視覚障害者を助け、雇用を生み出すという理念は「働きがい」「平等」「誰も置き去りにしない」というSDGsの考え方とも合致する。一度は閉じかけたストックホルムの老舗工房は、ゆっくりと、だが着実に、新たな歴史を刻み始めている。

Iris Hantverk www.irishantverk.se

●情報は、FRaU2019年1月号発売時点のものです。
Photo:Norio Kidera Coordination:Nao Akechi Text & Edit:Chizuru Atsuta

Official SNS

芸能人のインタビューや、
サステナブルなトレンド、プレゼント告知など、
世界と社会をよくするきっかけになる
最新情報を発信中!