ベンチ設置とフリーコーヒーで、人が集まるまちへ
未来に向けた独自の取り組みやユニークな視点を紹介するFEATURE。「1階づくりはまちづくり」をモットーに、喫茶ランドリーを起点に、日本各地にくつろぎのカフェや“私設公民館”を広げる株式会社グランドベルの後編。東京に1万脚のベンチ設置を目指す「JAPAN / TOKYO BENCH PROJECT」も始動し、フリーコーヒーのコミュニケーション法も提案。日々の積み重ねからまちを変容させ、地域の幸福度を上げる取り組みとは。
撮影/前田一樹 取材・文/林口ユキ
東京都墨田区にオープンした「喫茶ランドリー」が起点となり、「どんな人にも自由なくつろぎ」という“理念のフランチャイズ”の展開も進めているグランドレベル。マンションや団地の1階はもちろん、行政のコミュニティスペース、スーパーのエントランスなど、多様な場所に「喫茶ランドリーのような空間」をフィットさせている。
ベンチを設置してやさしい風景のまちへ
また、「まちの風景を変える」ための1階づくりは、建物内にとどまっていない。いま注目されているのが、まちにベンチを設置する取り組みだ。世界のまちを巡ってきた田中元子社長の調査では、ニューヨークやセントピーターズバーク、コペンハーゲンなど、ベンチによるまちづくりが戦略的に行われている都市も多く、ベンチは人が暮らすまちに必要なインフラとして重要視されているという。
グランドレベルは、東京のまちを舞台に開催される国際芸術祭『東京ビエンナーレ』の企画として、京橋・丸の内・大手町エリアに「TOKYO BENCH PROJECT」を展示し、会期中のみではあったが、ベンチあふれるまちを実現した。その風景が心に残った人が多かったのだろう、恒常的にベンチを設置したいという申し出があり、京橋では待望のベンチが設置された。
これを契機に、東京に1万脚のベンチ設置を目指す「JAPAN / TOKYO BENCH PROJECT」を本格スタート。ビルやマンションの敷地内にある広場(公開空地)や軒先に、開発中のオリジナルベンチ「TOKYO BENCH」を設置してくれる協力企業を募集している。すでに設置された京橋や田町町駅前エリアでは、活気ある新しいまちづくりに一役買っている。
「東京にはベンチの数が少ない上に、治安対策で窮屈で座りにくいベンチばかり。でも私はゆったりしたベンチにゆっくり座りたいし、そんなやさしいベンチを増やしたい。通りにベンチを設置すると、道行く人たちがすぐに座ってくれます。疲れた人はもちろん、本を読みたい人、景色を眺めたい人、ちょっと鞄を置いて身支度したい人など、多様な人が多様な使い方をする、ベンチはインクルーシブなものです。
ベンチは障害のある方や高齢者、お子さん連れの方などをサポートできますが『弱者のため』をあえて強調せずとも、あらゆる人に『ようこそ、どうぞ座って!』と両手を広げ続けているベンチがまちにあることが大事です。なぜならそれはやさしい風景だから。ベンチに座らない人も、そんなやさしい風景の中に生きているか、そうではないかで人生の質が変わってくるのではないでしょうか。」
喫茶ランドリーのようなお店もベンチプロジェクトも1階づくりとしての目的は同じだ。ただ通り過ぎるのではなく、まちにいろいろな人が居る場所をつくる。ここにはいろいろな人がいるのだ、ということが可視化されることから、まちづくりのきっかけが生まれる。
洗練だけを追い求めなくていい
誰もが座れるベンチが、やさしい風景をつくる。そもそも20世紀までの市街地は健康な働き盛りの男性向け仕様だった。オフィスに通勤するという近代的な働き方が主流になるにつれて、デザインの世界も、もっと強く、もっとかっこよく、もっと洗練されたもの…というように、“もっと、もっと!”が求められてきた。
「リラックスしたい人や、多くの人に開かれたやさしい風景のためには、そこまで洗練されている必要があるのでしょうか。新しいものは洗練されていてしかるべきという期待はあるかもしれませんが、目的や状況に応じて切るデザインのカードを変えていく必要があると思います。
“もっと、もっと!”は20世紀までの考え方であって、これからはそうではない考え方をよりどころにしないと、不健全だと思うのです。」
何も建築しないデザインプロジェクト
グランドレベルは建築関係のプロデュース会社でありながら、建物やベンチすら造らない仕事も請け負う。ハードは何も造らない、それでもまちの人々が仲良くなるために必要なもの、それは田中さんの原点でもあるフリーコーヒーに代表される「コミュニケーション」だ。場のコミュニティを醸成するためのデザインのあり方、関与の仕方を田中さん自ら実践してみせる。
「地域交流のためにつくった施設が活用できていない、人口が減ったことでコミュニティが失われそう、などハードは既にあるケースでのご相談もよく受けます。ハードとソフトはあっても、それらをつなぐコミュニケーションがないと、十分活用できないのです。
例えば、京急梅屋敷駅の高架下にKOCA(コーカ)というコワーキングスペースがあります。大田区の町工場と入居しているクリエイター、そしてまちの人をつなぐ場を目指していますが、入居している人たちの満足度は高い一方、まちの人と接点を持てないという悩みがありました。」
田中さんは「私にフリーコーヒーをさせて!」と手を挙げた。建物の軒先でコーヒーを配りながらの道行く人との会話。「カッコいい建物だけど、ここは何だろうと思っていました」とみな口を揃える。スペースの説明をすると、「へえ、面白い場所ですね」と建物の印象が変わる。そこで接点が生まれ、関係も近くなる。
「コーヒーを振る舞うことは、優秀なコミュニケーションツールになります。私の後は、誰かほかの人が配ってくれたらいい。私の役目は“最初に踊る人”で、ここは踊っていい場所だと気づいてくれた人が続いてくれる。私の踊りを完コピしなくていいのです。グルーブ感を維持しながら、その人なりのダンスを続けてもらえたら。コミュニティもそうやって醸成していければと思っています。喫茶ランドリーも、最初は私のフリーコーヒーから始まりましたが、今はアルバイトの方たちが、自分たちで工夫して、楽しみを見つけながら働いてくださっています。
私が目立つと、属人的な仕事だと思われてしまうが、実際は違っていて、良いコミュニケーションが伝播していく状況そのものを生み出したいと思っています。そうすれば、今あるハードをより有効に活用できて、まちとのつながりも改善することができると考えています。
「正しさ」と「楽しさ」を一致させる
そういった意味では、グランドレベルのハードもソフトもコミュニケーションも、サスティナブルな取り組みだ。
「個人的には、持ち物も古着や経年変化を楽しめるモノが好きです。コンビニのレジ袋もカシャカシャする音がイヤだからもらわない。もともと持続型社会との相性はよいと思っています。ただ、『これが正しい』というのではなく『これは楽しい』というモチベーションで動きたい。環境問題において、正しさと楽しさが一致するとは限りませんが、その接点を見つけていくことは大事です。強要しても限界がありますから。『時間を経て丸みを帯びた流木がかっこいい!』そんな価値観を後押ししていくとか。若い人ほどそういう感覚をお持ちなので、今の自分がキャッチアップできていないことも、若い人からどんどん学びたいと思っています」
新しい生活様式とは自由であること
コロナ禍を経験し、生活も大きく変わった私たち。アフターコロナも視野に入ってきた今、これからのまちづくりをどう考えているのだろうか
「コロナ以前に戻すことより、コロナ以前からの既成概念や同調圧力などの束縛から解放されていくことを考えていきたいですね。そのためのきっかけにしていかなくてはならない。新しい生活様式とかニューノーマルとかいう言葉は、マスクや消毒のことではなく、“本来の意味で自由を謳歌するための新しい生活様式”だと思うので、それを模索したい。
YouTubeやSNS、オンラインでの交流も盛んになりましたが、やはりリアルでのコミュニケーションは別物で、オンラインでは代替できません。人としてリアルな場に存在して、この三次元空間を把握する能力を衰えさせてはいけないのです。そのためにも、壁ばかりのまちにしないで、人がリアルに会えるまち、楽しくてくつろげる空間、やさしい風景が必要です。喫茶ランドリーやベンチが、そのひとつになればいいなと思っています。
喫茶ランドリー
東京都墨田区千歳2-6-9 イマケンビル1階
最寄り駅:森下駅(都営新宿線・大江戸線)A2出口より徒歩5分(450m)
両国駅(JR総武線)東口より徒歩8分(800m)
徒歩10分圏内には、吉良邸跡、江戸東京博物館、両国国技館、すみだ北斎美術館、旧安田庭園などの見どころもある。
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株式会社グランドレベル
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