「自分らしさを追求して創作活動で表現すること が、障害理解にもつながっていくんです」 認定NPO法人アール・ド・ヴィーヴル理事長 萩原美由紀 【前編】
未来に向けた独自の取り組みやユニークな視点を紹介するFEATURE。今回特集する、アートの創作活動を通じて障害者支援を行うアール・ド・ヴィーヴルでは、障害者たちが自分を表現する場を提供し、それを事業化することで新しいスタイルの自立支援を行っている。こうした活動を実現した背景には、障害者の自己選択を尊重し、障害者であっても自分らしく生きてほしいという思いがあった。
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撮影/徳山喜行 取材・文/橋富政彦
7月某日の午後2時過ぎ、神奈川県小田原市の障害福祉サービス事業所「アール・ド・ヴィーヴル」では十数人の作家たちが、施設内のアトリエで自分の作品と向き合っていた。誰もが真剣な表情で集中しながら、思い思いに筆を走らせている。施設内の壁やカフェを併設したギャラリーには、数多くの作品が展示してある。これらはすべて商品として販売されており、作品が売れると販売価格の50パーセントが作者に支払われる仕組みだ。
障害があっても選択できる人生を
アール・ド・ヴィーヴルは「障害があっても自分で選択していく人生を送ってほしい」という願いのもと、アートを中心とする創作活動の場を提供する団体として2013年に設立されたNPO法人だ。法人名の由来はフランス語で「自分らしく生きること」。創設者であり、理事長でもある萩原美由紀さんは自身もダウン症児の母であり、もともとは地域のダウン症者を育てる親子サークル「ひよこの会」の会長を務めていた。
「私が接してきたダウン症の子たちは、みんなとても個性豊かでいろんな創造力の持ち主でした。面白い絵を描く子や習字がものすごく上手な子、あっと驚くようなダンスパフォーマンスを見せてくれる子——私たちがイベントを開催したときは、みんな嬉しそうに自分の才能や特技を披露してくれました。
ところが、大人になるとそうした自分らしさを発揮できる場が全然なくなってしまうんです。絵を描きたい、ダンスをしたいと思っても障害があることを理由に断られることが増え、やがて毎日が自宅と作業場の往復になっていく。そうした状況をなんとかしたいと思ったんですね。ダウン症に限らず、どんな障害があっても自分を表現できる、そういう場所を作ろう、と」
その思いが「アール・ド・ヴィーヴル」のスタート。そして、障害のある人たちの自己実現の手段として着目したのがアートだった。
アートを通じた障害者支援活動を長く行ってきた小田原在住の美術家・中津川浩章さんの協力を得て、萩原さんは障害を持つ人を対象にしたアートワークショップを定期的に開催するようになる。
「参加してくれた人たちがどんどん活き活きとしていって、やっぱりみんなこういう時間と場所が必要なんだとわかりました。アール・ド・ヴィーヴルのアート・ディレクターに就任していただいた中津川先生も障害者の創作活動について、こうおっしゃっていました。『自分のことをわかってもらいたいという強い思いがあって、それは表現の根源みたいなもの。ここはそれを出す場になっているんじゃないか』と」
自己選択が生み出す自分だけのスタイル
アール・ド・ヴィーヴルは、2021年4月にそれまでの就労継続支援B型事業所に加え、新たに重度障害者を対象にした生活介護通所施設もそなえた多機能型施設を開設。取材時に訪れたアトリエには、カフェとギャラリーも併設されている。ここに展示販売された作品を見て驚かされるのは、その多様さだ。
絵画はそれぞれのスタイルが打ち出されていて、抽象的なものもあれば写実的なものもあり、マンガのようにポップな作風もあれば、手書きの文字を題材にしたものもある。この文字は手書きフォントとして、アール・ド・ヴィーヴルが販売するデザイン名刺「つながるカード」にも使用されている。
アール・ド・ヴィーヴルの創作活動は絵画だけではなく、織り機で生地から織った一点物のネクタイやポケットチーフ、フィギュアやアクセサリーなどの造形物など多岐に及ぶ。また、アート創作以外にもヨガや英会話、ダンスといった表現活動にも力を入れている。
取材した日は、食品加工室で地元産ブルーベリーを使ったジャム作りが行われていた。アール・ド・ヴィーヴルで重視するのは、創作・表現活動を通じて「自分らしさ」を見つけることだという。
「現在、1日に約30人がここに通っています。毎日通う人もいれば、週に1〜2回の人もいます。障害のカテゴリーも知的障害精神障害、肢体不自由、発達障害とさまざまです。でも、そうしたカテゴリーで分ける必要なんて本当はないんですね。ここでは障害の程度やカテゴリーに関わらず、誰もが自由に『今日、自分が何をやるのか』を決めます。すべて自己選択なんです。
例えば初めて絵を描くという人でも、画材選びから“どれでも好きに選んでいいですよ”と言葉をかけ続けると、やがて自分の好きなやり方を見つけていきます。中津川先生も絵の技術を教えるようなことはせず、その人の良いポイントを褒めていくだけなんです。それだけで自分だけの表現ができるようになって、みんな自分のスタイルを見つけていくんです。すごく不思議ですけど、とても素晴らしいことですよね」
自分の良さに気づけば、自信を持てるようになる
全員を等しく、ひとりひとりを“個”として尊重することで、皆が自分らしさを見つけていく。自分らしさを認められることが自信になり、さらに自信は精神的な自立にもつながっていく。
「障害のある人たちは、やっぱり周りからああしろこうしろと言われることが多いんですね。でも創作しながら自己選択をすることで、自分はこれでいいんだと自分を肯定できるようになっていく。それが本人の行動を変えていきます。
これは実際にあった例ですが、他の施設で人間関係のトラブルを起こしてしまって引きこもっていた方が、ここに来て創作活動をするうちに精神的に安定して、再びその施設に通えるようになったということもありました。
ご家族にも喜ばれることが多いんです。“家での態度が変わってきた”って。それは自分らしさ、自分の良さに気がついて自信を持てるようになったからですよ。私もよく話すんです。“ここはみんながいなきゃ成り立たないんだよ”って。実際にその通りですから。そして、みんなが自分らしさを追求して、自分の良さを創作活動で表現することは、障害理解にもつながっていくんです」
【後編】ではアール・ド・ヴィーヴルの障害者アートの事業展開の取り組みについて紹介していきます。
認定NPO法人アール・ド・ヴィーヴル
〒250-0055 神奈川県小田原市久野403-17
TEL:0465-25-4534
FAX:0465-25-1935
http://artdevivre-odawara.jp/
お知らせ
展覧会「自分らしく生きる12」
2021年9月22日(水)〜27日(月) 10:00〜18:00(最終日16:00まで)
会場・ギャラリーNEW新九郎
神奈川県小田原市中里208 小田原ダイナシティWEST MALL 4F
TEL:0465-20-5664
【ギャラリートーク】
9月23日(木)14時~(先着制)
中津川浩章・萩原美由紀 アール・ド・ヴィーヴルのメンバー
於:ギャラリーNEW新九郎