「こちらから提案していくことも大切だと考えています」―竺仙 五代目当主 小川文男【後編】
未来に向けた独自の取り組みやユニークな視点を紹介するFeature。江戸小紋や浴衣を中心に扱う呉服店・竺仙は、唯一無二の老舗である一方、今とこれからを見据えた商品づくりによってファンを増やし続けている。後編は、180年近く続く老舗としての品質に対する考えと、これからのあり方についてうかがった。
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撮影/明田光彦 取材・文/水谷美紀
デザイナーブームが続かなかった理由
「浴衣は洋装で言えばTシャツとジーンズ」と言い切る竺仙五代目当主の小川文男。だが、繰り返し着たいと思える浴衣を作るのは、容易(たやす)いことではないと言う。
「一時、洋装のデザイナーの方がたくさん浴衣をデザインした時代がありました。浴衣には着物のような制約がありませんから、衣類のキャンバスとして扱いやすいと思われたのでしょう。パッと見ていいと思うかどうか、そんな感覚だけでアプローチできる。そう思って安易に手をつけたけれども、実際にお客様が気に入って何回もお召しになりたいと思う浴衣は、なかなかできなかったんだと思います。ですから今あまりデザイナーズブランドの浴衣は見かけなくなりました」
「浴衣をお買い求めになるお客様は、たとえば花火やお祭りなどに行くのに、せめて4、5回は着たいという想いを持ってお求めになると思うんです。ところがどんな浴衣でも、2回目、3回目に袖を通したときに『やっぱりいいな』と思えるかというと、そうでもない。着るたびに新鮮な気持ちになり、愛着が持てる浴衣というのは、実はものすごく精度が高いものです。お客様も最初は気づかなくても、ひと晩で考えたようなデザインだと、着ているうちに飽きてしまったり、色あせて見えてきたりしますし、染めや生地の良し悪しもはっきり出てきます。我々はこれまで線一本、葉っぱ一枚にしても、こだわりを持って描いてきましたし、柄も染めも同じです。そういったものが隠し味のようになって、後になってとても大事になってくるのです。そのあたりが違いになっているのかなと思っています」
「手作り」「天然素材」ばかりが良いとは限らない
浴衣というと、つい藍染めなど、一枚一枚丁寧に染められた、いわば手作りのものが一番だと思いがちだが、そうでもないと言う。
「浴衣といえば藍染めと、みなさん憧れのようにおっしゃいますが、藍染めは繊維の上に色が乗っているだけで、実は染まっていないんです。だから染めたばかりの藍染めの浴衣を洗うと、どっと色が出ます。それが藍染めの宿命です。今は価格が高かったら色落ちしないと思っている方が大半ですが、実際は手作りほど不安定なものはありません。むしろ大量生産の化学繊維なら色落ちしないので、人によってはその方がいい場合もあります。ですから、竺仙でも紅梅や奥州という浴衣には化学染料を使っています。汗をかいたらポンと洗濯機に入れて洗いたいというお客様が増えるなか、むしろ藍染めであることが災いするからです」
「昔は近所に鍛冶屋さんがいたり、洗張りの職人さんがいたりしたので、ものづくりの工程を自然に見ることができました。今はそういう機会がほとんどなくなったため、若い方たちが日本のものづくりの力をあまり知らないと感じます。海外に留学すると、日本のものづくりについて、驚くほど質問されます。そこで初めて自分は知らないということに気づき、帰国してからものづくりに没頭される人がとても多いんです。それなら日本にいる間に少しでいいから、日本のものづくりの力について考える時間を持っていただけたらと思います」
竺仙の新しい取り組み
手軽に竺仙の柄を楽しめる手ぬぐいや風呂敷など小物も販売したり、雑誌とのコラボレーションで扇子を販売したりと、浴衣や小紋以外の商品も人気だが、今後はさらに挑戦を広げたいと言う。
「創業して179年の間、竺仙らしいテイストを変えずにきたおかげで、広告やCMなどに出ると、どこにも竺仙と書いていないのに、すぐ問い合わせが来るようになりました。お客様のほうで『あれは竺仙だ』とネットなどに書いてくださったりして、大変ありがたく思っています。今後の目標としましては、今は毎年およそ1000種類作っている柄が浴衣や小紋にしか使われていないので、着物以外の使い方として、生活空間にも広げていきたいと思っています」
「そのヒントになるのは外国の方です。日本にいらしてわざわざお店に来てくださる外国人のお客様もたくさんいますが、日本人の人口が減っていくことを考えると、マーケットは海外に広がっていきます。これからは海外の人にも評価され、使っていただくことが必要になってくるので、外国の方の柔軟な発想を取り入れたいですね。向こうから求められるばかりでなく、こちらから提案していくことも大切だと考えています」
江戸時代から引き継がれてきたさまざまな決まりごとも、必要であれば変えることも厭わないという。
「以前、日本の雑誌の海外版で竺仙の生地がテーブルクロスがわりに使われていました。浴衣の生地というのは幅38㎝長さ12mと決まっているので、それを二つ折りにしたり四つ切りにしたりして使っていましたが、海外の生活に適しているのはそのサイズではないですよね。それなら海外の人のライフスタイルに合うものを私どもも作っていかなくてはいけないだろうと考えています。また、海外の方は男性でも女柄を平気で購入されます。ジェンダーに対する考え方も変化している今、『男物』『女物』『女性の30代』といったこれまでの仕分け自体も、今後は変わっていくだろうと思っています」
おしらせ
浴衣の柄と和菓子に共通する意匠を通して、日本の四季を感じる企画展。染の技法「注染(ちゅうせん)」の紹介や、竺仙の伝統的なデザインの浴衣の反物が展示されています。展示内容にちなみ、東京ミッドタウン店限定で浴衣と共通する花の意匠を中心に、生菓子も順次、期間・数量限定で販売されています。
第 44 回企画展「YUKATA」 会 期:2021 年 4 月 1 日(木)~9 月 27 日(月)
※休日・営業時間は店舗に準じます。
場所:とらや東京ミッドタウン店ギャラリー
(東京都港区赤坂 9-7-4 D-B117 東京ミッドタウンガレリア地下 1 階)
電話番号:03-5413-3541
企画協力:株式会社竺仙
https://www.toraya-group.co.jp/toraya/news/detail/?nid=894
竺仙(本店)
〒103-0024 東京都中央区日本橋小舟町2-3
TEL:03-5202-0991
https://www.chikusen.co.jp