「牡蠣県=広島」で、邪魔者の牡蠣殻が美しすぎる陶芸品&アクセサリーに!【後編】
牡蠣の生産量日本一の広島県。そんな土地で暮らす人々のなかには、食べ物としての牡蠣はもちろん、食べられない牡蠣殻に対しても、強い思い入れを持っている人が少なくありません。ただのごみとなっている牡蠣殻をどうにか再利用したい。そのアツい想いが、前編で紹介した画期的なトイレシステムや、中編で取り上げた除菌剤を生み出したわけです。そしてさらに、広島県人による牡蠣殻の再利用は、アートの分野にまで広がっています。
牡蠣殻を釉薬につかってみたらどうだろう?
広島県西部、瀬戸内海の島しょ部に位置する江田島市で、地元産の牡蠣殻を釉薬(ゆうやく=うわぐすり)に利用して陶芸品をつくりつづける作家がいる。江田島で生まれ育った、沖山努さんだ。
「2004年に4つの町が合併して江田島市が誕生しました。もともと、このあたりは牡蠣の養殖が盛んな地域ですので、合併によって牡蠣のむき身生産量が、ついに日本一になったんですよ(現在は呉市がトップ)」(沖山さん)
いきなりの、ふるさと自慢? と思いきや、ここからの話は自身が牡蠣殻を用いた陶器を創作するようになったキッカケ。沖山さんが続ける。
「あるとき『地元が誇る牡蠣の殻を作陶に採り入れられないか』と市の商工会関係者に打診されたんです。『茶碗や湯呑みに、牡蠣殻をペタンとくっつけられないものか』。そんなことを言われたので、試しに牡蠣殻を窯に入れてみたら、燃えて灰になることがわかりました。通常の貝殻は燃えないのですが牡蠣殻は燃えた。それで釉薬につかうことを思い立ったんです。釉薬は灰でできていますから、牡蠣殻の灰を釉薬にすることも不可能ではないと考えたのです」
釉薬は木を燃やした灰と長石を混ぜた灰釉(はいゆう)でつくるのが基本。沖山さんは、手はじめに木の灰の代わりに牡蠣殻の灰を混ぜて釉薬をつくった。だが、あまりインパクトが感じられない。そこで7~8年前から、牡蠣殻100%の釉薬を試作しはじめた。つくること自体も大変だったが、その釉薬を焼物にかける量や加減にも工夫が必要で、テストピースの焼成を繰り返し、「これだ!」と納得できるものが完成するまでに1年ほどかかったという。
試行錯誤を重ねてできた牡蠣殻100%の釉薬は、牡蠣灰釉(かきばいゆう)と名づけられた。これをつかった作品は飽きのこない独特の風合い。沖山さんによると、ほかの釉薬ではなかなか出せない風情ということだ。
「京都で修行し、生まれ育った江田島に戻って開窯してからは、自分の工房で焼いた作品を江田島焼と呼んできました。でも、『その特徴は』と尋ねられても答えることができなかったし、江田島で作陶している意味もハッキリせず、悩んでいたんです。しかし、地元の牡蠣殻100%の釉薬をつかうようになってからは、そうした悩みは吹き飛びました。江田島焼の特徴は明らかになりましたし、自分の存在理由のようなものも見えてきた。江田島という地域が、追い風になってくれた気がします」(沖山さん)
牡蠣殻は、むき身がつくられる際に捨てられた殻を保管している地元の廃棄場業者から調達する。
「作陶では、同じ品質の原料を、いつでも入手できることが大事です。ここ江田島では、牡蠣殻が年間を通していくらでも手に入りますから、陶芸の場としてはもってこいなのです。しかも、海辺に廃棄された牡蠣殻は波に洗われ、表面についたゴミが取れ、丁寧に洗浄したいみたいにキレイなんです。これが無限に調達できるのですから……いいでしょう(笑)」(沖山さん)
まさしくサステナブル! 地元の牡蠣殻を使った江田島焼は、江田島の知名度アップにも、ひと役買っている。
江田島市のほど近く、広島県の呉市もまた、市町村別では全国で1、2位を争う牡蠣の生産地。そしてここにも、牡蠣に大変な思い入れを持つ人がいる。アクサセリー作家の新見紗絵さんだ。彼女は牡蠣殻を使った一点もののアクセサリーを創作、「oyster shell series」として人気を博している。
「私、牡蠣が大好きで。大好きな牡蠣の殻が捨てられていくのは忍びない。『殻をどうにかできないかな』といつも考えていました。牡蠣殻って、よく見ると本当に美しい。これでアクサセリーができたらいいなと考えたのが、そもそものはじまりです。でも、牡蠣殻はもろくて崩れやすく、なかなか思った形に仕上がらない。磯臭さも気になります。こうした問題点をクリアするため、いろいろな方からアドバイスをいただいて試行錯誤し、アクセサリーの完成までには10ヵ月くらいかかってしまいました」(新見さん)
牡蠣殻は、地元の水産業者から提供してもらっている。身を剥いだ後の殻は、ベルトコンベアで海辺の決まった場所に廃棄され、ある程度たまったところで専門業者に引き取られていくが、新見さんはその一部を譲り受けている。
「堆積場まで行き、ひとつ一つ手に取って、『これ!』と思うものを選んでもらってくるんです。選ぶ基準は『この子、柄がキレイ』という直感です」(新見さん)
牡蠣殻はタワシなどでこすって汚れを落とし、煮沸消毒を3回行う。その後は拭いて1日天日干しし、牡蠣殻が完全に乾いたことを確認してから滅菌器に入れて99.9%まで滅菌を行う。そして完成後のイメージを頭に描きながら、殻を割ったり切ったりして形を整えていくのだ。
「牡蠣殻の邪魔をしない程度にゴールドやシルバーなどの色を入れたら、専門家に樹脂コーティングを依頼。この工程を加えることで、牡蠣殻の難点である『もろさ』が克服されます。牡蠣殻は時間が経つと乾燥して白っぽくなってしまいますが、樹脂コーティングすることで、海中にいたときと同じような、みずみずしい色合いを保つことができるのです」(新見さん)
コーティングが終わったら金具パーツをつけ、形を整えて牡蠣殻アクセサリーが完成する。一見すると天然石をつかったアクセサリーのようだ。新見さんによれば、実物を見た人のほとんどが、「まさか、これが牡蠣殻でできているなんて!」と、驚くという。
「私がアクセサリーとしてつかうのは、捨てられてしまう牡蠣殻のほんの一部。まだまだ、環境によい活動をしているとまではいえません。しかし、このアクセサリーを身につけた人が、地球や自然に優しい行動をとるキッカケにしてくれればいいな、と思っています」(新見さん)
取材・文/佐藤美由紀