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人口のたった3.5%のアクションで、「気候危機」は止められる!?
人口のたった3.5%のアクションで、「気候危機」は止められる!?
COLUMN

人口のたった3.5%のアクションで、「気候危機」は止められる!?

世界各国が目標を掲げ、脱炭素社会に向けた動きが加速しています。そんなときだからこそ、環境問題をきちんと理解することが大切。地球でいま起こっていること、私たち人間の責任について基本を学びましょう。まずは私たちにできるアクションについて、国立環境研究所の江守正多さんに伺いました。

Q.脱炭素社会の実現には
何が必要ですか?

システムの変化と、常識の変化。この2つが重要だと思います。脱炭素社会は、さまざまなビジネスに転換を迫るものです。そのことをまず受け止めないといけない。じつは、こうした変化は過去にも山ほどありました。たとえばフィルム業界は、デジタルカメラの誕生によって大きな変革を求められました。フィルム製造の技術を化粧品開発に活かすなど、新規事業をはじめた会社もあります。決して温暖化対策だけが、世の中を変える要因ではないのです。

もうひとつの例はタバコです。20~30年程前まで、タバコはどこでも吸えるものでした。飛行機の機内や病院の待合室、会社のデスク……。そんな場所で平気でタバコを吸っていたなんて、いまでは考えられないですよね。でも、当時はそれが当たり前でした。そして、その当たり前は数十年であっさりと変わってしまった。脱炭素も同じことです。電気を使ったり、物をつくったり、車を走らせたりするときにCO₂を出さないことが当たり前になればいいのです。そうした社会に変わるのは、決して不可能なことではないのです。

Q.CO₂を出さない生活は
やっぱり大変ですか?

日本では、脱炭素社会は大変なこと、負担を強いられること、と感じる人が多いようです。ですが、脱炭素=ガマンではありません。

2015年に全世界で行われたユニークなアンケートがあります。「あなたにとって、気候変動対策はどのようなものですか?」という質問に対し、日本では「多くの場合、生活の質を脅かすものである」という回答が半数以上でした。一方、他国では「多くの場合、生活の質を高めるものである」という回答が半数以上だったのです。この結果は日本人の真面目さが影響しているかもしれません。省エネをはじめ、個人の努力ばかりが求められてきたことも理由として考えられます。ですが、あらためて考えると、世界の多くの人々が「生活の質を高めるもの」と思うのもうなづける、たくさんの理由が見えてきます。

たとえば以前は、「再生可能エネルギーは電気代が高くなる」「環境破壊につながる」といったイメージがあったかもしれません。でも、それは過去の話。たしかにメガソーラーと呼ばれる大規模な太陽光発電が始まったころは、環境破壊の問題もありました。いまはその反省を生かして改良が進んでいます。地域で出資し、住人が納得した場所に設置すれば、発電した電気で地域にお金を生むこともできます。国にとっても、海外から化石燃料を輸入する必要がなくなるのは大きい。そして、需要が増えれば価格は下がる。現に、欧州の再エネコストは下がり続けています。

太陽の光や風といった、無償で手に入る資源から電気を生み、その結果、温暖化も止まる。これはとても大きなメリットですよね。

Q.社会の変化のために
個人にできることは?

脱炭素社会の実現には政府や企業の努力が欠かせません。そのことは大前提ですが、私たち個人にもできることはあります。

参考になるのが、スウェーデンの環境活動家グレタ・トゥーンベリさんです。グレタさんが飛行機に乗らないのは有名な話ですが、彼女はそれで少しでもCO₂排出量を減らそうとしているわけではありません。ヨットで大西洋を渡るのは困難なことです。現代においてCO₂を出さずに生活することはほぼ不可能だという事実を突きつけます。グレタさんが気づかせたかったのはこのこと。だから、社会をシステムから変える必要がある、と訴えているのです。

私たちに求められているのも、メッセージを発信することです。省エネを心がけることや、投票を通じて政治に参加すること、消費によって企業を応援することはもちろん大切ですが、できるならばもう一歩踏み込んで、周囲を巻き込む行動を起こしてほしい。友達や家族と環境問題について話すだけでもいいですし、街頭演説をしている政治家に「あなたが進めようとしている温暖化対策は?」と質問してみるのもいいかもしれません。メッセージの発信は簡単ではないし、私自身も試行錯誤しながら続けていますが、ひとり一人が周囲に伝播するアクションを心がけることで、脱炭素社会に向けた社会のムードはより高まると思っています。

Q.個人の声で世の中は
本当に変わりますか?

運動会の綱引きを思い出してみてください。最初は力が均衡していたのに、ある瞬間から、ずるずると一方に引っ張られ、あっという間に勝敗が決まるといった場面を見たことはありませんか?

私はこれを「3.5%の綱引き」と呼んでいます。面白い研究結果があって、過去の革命や改革を調べると、国民の3.5%以上が参加する非暴力の抗議運動が起きた場合、その社会には必ず大きな変化が起こったそうです。前述したタバコの例で考えると、当時の常識を変えたのは、受動喫煙の健康被害を立証した疫学者や、嫌煙権訴訟を闘った原告や弁護士といった一部の人たちでした。無関心だった多くの人々は、その声に従っただけなのです。

Q.あらためて、なぜ、
脱炭素を目指すのでしょう?

「climate justice」という言葉があります。日本では「気候正義」と訳されることが多いですが、「正義」というよりは「公正」や「公平」といった言葉のほうが近い気がします。

気候変動によって大きな被害を受けるのは、弱い立場の人たちです。先進国が出したCO₂で、途上国の人々が干ばつや飢餓に苦しめられている。加えて世代間の格差もあります。温暖化対策を決める政治家の多くは高齢で、実際に影響を受ける若者の声は軽んじられています。

環境問題を訴える『Fridays For Future Japan』の若者たちは、「気候正義」に加えて、「静かな暴力」という表現も使っています。私たち日本人が普通だと思っている生活が、途上国の人々の生活を脅かしている。それは無意識の暴力だというのです。日本では、環境問題において倫理観が語られることは少ないですが、「気候正義」はパリ協定の条文の前文にも登場します。海外の政治家も使う、欧米ではメジャーな概念です。

世の中が格差構造の上に成り立っているのは事実ですし、それをすべて解消するのは理想主義にすぎるかもしれません。ですが、誰かの犠牲の上に成り立つ社会を変えようとすることこそ、脱炭素を目指す根本的な理由ではないでしょうか。

人類は奴隷制度も植民地制度も卒業したのだから、化石燃料文明もきっと卒業できるはずです。そのために必要なのは、私たちひとり一人のアクションだと思います。

PROFILE

江守正多 えもり・せいた
1970年神奈川県生まれ。東京大学教養学部卒業。同大学院総合文化研究科博士課程修了。博士(学術)。1997年より国立環境研究所に勤務。専門は地球温暖化の将来予測とリスク論。IPCC第5次、第6次評価報告書の主執筆者でもある。

●情報は、FRaU2022年1月号発売時点のものです。
※すべての出典:IPCC第5次評価報告書、IPCC第6次評価報告書、環境省『令和3年版環境白書』、資源エネルギー庁『エネルギー白書2020』、環境省『地球温暖化対策計画』令和3年10月22日閣議決定、JCCCA、気候変動監視レポート2020、温室効果ガスインベントリオフィス、2030年度におけるエネルギー需給の見通し(関連資料)〈資源エネルギー庁〉、IEA Market Report Series – Renewables 2020(各国2019年時点の発電量)、IEAデータベース、総合エネルギー統計2019年度確報値
Illustration:Sara Kakizaki Graph:Kenji Oguro Text & Edit:Yuka Uchida
監修・江守正多(国立環境研究所)

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